“闇”を生み出す機械
賢者アンセムが追放される以前——つまり10年以上も前に作られた可能性があるソウルイーター。
仮にそうだとして、一体誰が目の前にあるソウルイーターを作ったというのだろうか?
「少なくとも、そのソウルイーターは賢者アンセムがこの世界を治めていた頃に、誰かによって作られたんじゃないかな?」
ロクサスは思いつくままに自分の推理を口に出してみた。
レイディアントガーデンで作られたわけでもないのに『Radiant Garden』という文字が刻まれているはずがない。
問題は、そのソウルイーターを誰が作ったのか?
そして、本来の持ち主は誰なのか?
この二点である。
「レイディアントガーデンで作られたからこそ、柄の部分に“Radiant Garden”と刻印されているという考えには俺も賛成だ。そうでなければ、あまりにも不自然だからな」
リクが手元のソウルイーターを見ながら、ロクサスの発言に同意した。
しかし、この推理はここで打ち止めとなった。
『Radiant Garden』という刻印以外、何も手掛かりが無いからだ。
「結局のところ、真相は闇の中……か。悔しいな」
ソウルイーターを見つめながらロクサスはそう呟いた。
かつての仲間たちを葬った場所を荒らされ、必ずその原因を突き止めようと意気込んでいただけに、手掛かりという名の光明が消えてしまったことに落胆する気持ちも大きかった。
それにしても、わざわざ機関員たちの墓標を破壊した犯人の意図は何だったのだろうか?
『Ⅵ』の墓標のみが破壊されずに、ソウルイーターが突き立てられていたのはなぜか?
あの時に感じた、時間が止まったような感覚は何だったのだろうか?
疑問が尽きない———。
「ねえ、そう言えばリクはこの部屋で何をしていたの?」
頭の中で正体不明の疑問と向き合っていたロクサスの耳に、ナミネの声が聴こえてきた。
そうだ。
もう夜の時間帯だというのに、リクはデスティニーアイランドに戻ることなく、この部屋で何をしていたのだろうか
「今日はソラと一緒にこの街のハートレスの退治作業に協力したんだけど、途中で気付いたことがあったんだ」
リクはソウルイーターを近くの壁に立て掛け、テーブルの上に置いてある数枚の書類を手に取った。
ロクサスとナミネが部屋に入ったとき、リクが読んでいた書類である。
「ゼアノートのハートレスが倒されてから約2年、ⅩⅢ機関が組織として壊滅してから約1年が経っている。…にも関わらず、この世界ではハートレスの数が減る様子が全く見受けられないんだ」
「え?そうなのか?」
「ああ。ソラが定期的にこの世界に来てハートレス退治に協力しているなら、ハートレスの総数は自然と減少していくはずだ。自然発生するハートレスもいるとはいえ、これは明らかに不自然だ。それと、もう一つ……」
リクが数枚の書類をロクサスに手渡した。
「それは人造ハートレス“エンブレム”を作る装置の設計図みたいなものらしい。多分、ゼアノートを中心とする賢者アンセムの弟子集団が考案したものだろう。初期型・中期型・後期型と区別されているようだが……“中期型”と“後期型”の部分を見てくれ」
ロクサスは『中期型』と『後期型』の設計図が描かれている書類を交互に見比べた。
具体的にどの程度の大きさかは分からないが、『後期型』は『中期型』と比べるとかなり小さいような印象を受ける。
「俺が見た限りだと、“初期型”というのは多分この部屋の奥にある“ハートレス製造施設”に設置されている装置とほぼ同じ形だ。サイズもかなり大きいからな。“中期型”というのは“初期型”をやや小型化したものらしい」
リクの意見を聞きながら、ロクサスは改めて設計図を眺めた。
なるほど確かに、装置のサイズから察するにリクの考えは的を射ているように思える。
「そして、特に気になるのは“後期型”だ。これは“中期型”と比べても極端に小さい。具体的な縮尺は俺にもわからないが、“中期型”と比較するに、もしかすると手に持って持ち運べるようなサイズなのかもしれない」
ロクサスは設計図に描かれている『中期型』と『後期型』のデザインを見比べた。
『中期型』は明らかに装置といった感じで、コントロールパネルが付いていることから、縦幅・横幅共に約3~4メートルくらいの大きさに見える。
設計図上の『中期型』を約3~4メートルの大きさだと仮定すれば、『後期型』の全長は見積って1メートル程度——いや、もっと小さいかもしれない。
「今この世界に溢れている“エンブレム”は、どう考えても“初期型”によって作り出されたものではないな。“初期型”は、この研究室からでないと操作司令を下すことは出来ない。そして、そんな馬鹿げたことをするような奴が今のレイディアントガーデンにいるはずがない」
「ああ、そうだな」
「その前提で考えていくと、俺にはこの世界の何処かで、何者かが“中期型”か“後期型”を稼働させているとしか思えないんだ」
この世界で、人造ハートレスを作り出す装置を稼働させている者がいる———。
いや、ちょっと待て。
そうとも限らないんじゃないか?
ロクサスの中で、ある考えが閃いた。
「なあ、リク。この“中期型”って装置は、操作用のパネルみたいなのが付いているよな?もしかしたら自動で装置が稼働するって可能性はないのか?」
『中期型』の設計図には、確かにコントロールパネルのようなものが書かれている。
リクもその可能性には今まで気付かなかったようだ。
「自動……か。その発想は無かったな。確かにその可能性もあるな。いや、この装置の関係者が誰もいない今となっては、その可能性大だな。それなら“後期型”も当然自動で動く仕組みなんだろうな」
レイディアントガーデンの何処かに、ハートレス製造装置が設置されているのだろう。
それが現在でも稼働している。
機械のくせに執念深いな——と、ロクサスは思った。
誰に命令されるでもなく、今でも『心の闇』が具現化した存在を生み出し続けているとは———。
「ねえ、ロクサス。この“後期型”のところに、何か小さく書いてあるよ」
ロクサスが今手にしている設計図の一部分を、ナミネが指差した。
速記のような小さな字で『失敗作』『制御不能』『KH応用不可能』と書いてある。
「……失敗作?」
「“後期型”は小さくし過ぎて……ハートレスを作る装置として機能しなかったのかな?」
ナミネは『後期型』が失敗作とみなされた理由について、『装置を小さくし過ぎたため』と予想した。
ロクサスはナミネの言葉に頷き、リクは『ちょっと見せてくれ』と言い、ロクサスから設計図を受け取った。
「……“KH応用不可能”だって?一体何のことだ?」
リクは意味不明な単語に首を傾げた。
『KH』——何かの暗号だろうか?
いや、考えるまでもない。
「キングダムハーツ(Kingdom Hearts)の頭文字じゃないのか?」
「ああ……なるほどな」
ロクサスの意見に、皆が賛同した。
『KH』という単語から連想される存在——それはキングダムハーツ以外に思い浮かばなかったからだ。
しかし、まだ腑に落ちないことがある。
“応用不可能”とは、一体どういった意味なのだろうか?
『後期型』の装置を何らかの形でキングダムハーツに応用しようとしたが不可能であった……という意味なのだろうか?
「どちらにせよ、ロクな装置じゃないことは確実だな。明日にでも、この事を再建委員会のメンバーに話して装置を見つけだそう。そうすればこの世界も元の穏やかな世界に戻るはずだ」
リクの表情には、ある種の使命感のようなものが宿っていた。
かつて闇の勢力に与し、さらにはゼアノートの器としてレイディアントガーデンに混乱をもたらしたことに責任を感じているのだろう。
その責任感から、夜になっても一人でハートレスの発生源についてあれこれ考えていた辺りも、リクらしいと言えばリクらしい。
ロクサスは、そんなリクのことが嫌いではなかった。
突然の展開
「ああ、そうだったな。ロクサスが持ってきたソウルイーターの問題はまだ解決していなかったな。部屋の奥にあるコンピューターを使ってみたらどうだ?もしかしたらソウルイーターに関する情報が手に入るかもしれない」
ロクサスとナミネはリクの提案に従い、部屋の奥にあるコンピューターを使ってみることにした。
リクはまだハートレス製造装置について調べたいことがあるのか、研究室の資料を漁っている。
二人はソウルイーターをリクのいる部屋に残したまま、隠し扉からコンピュータールームへと進み、青白いパネルを叩いた。
検索キーワードは『ソウルイーター』。
ロクサスは正直、このコンピューターからソウルイーターに関する情報が出てくることにには期待していなかった。
以前、ソラがこのコンピューターを操作した時は大した情報が手に入らなかったからだ。
役立たずの機械———。
目の前にあるコンピューターに対してそんな先入観を持っていたロクサスであったが、モニターにソウルイーターの映像が現れると目の色が変わった。
「……間違い無い。ソウルイーターだ……」
モニターに映し出された、悪魔の羽を連想させる不気味な剣。
それはソウルイーターそのものであった。
ただしモニターには『ソウルイーター:試作品』という文字が表示されている。
ロクサスはソウルイーターの映像の隣に表示されている文章に目を向けた。
【ソウルイーター:試作品】
生命を構成する三要素(身体・魂・心)のうち、『体』以外に『魂』そのものにもダメージを与えることが可能。
ハートレスにもある程度のダメージを与えることも可能であるが、ハートレスに対する有効性(殺傷能力)という意味では、間違い無くキーブレード以下の性能である。
キーブレード関係の新実験に用いる前段階として、ハートレス製造装置への応用を目的として製作された。
柄の部分にある瞳が所持者の心の闇を見極める。
所持者の心の闇と反応して武器としての性能が強化される。
発案者:エヴェン
『発案者:エヴェン』——即ち、ノーバディ化する以前のヴィクセンによって作り出されたということか。
それにしても『キーブレード関係の新実験』とは何だろうか?
「これだけじゃ……分からないね」
「ああ……これじゃ、あのソウルイーターの所持者がわからないもんな」
初耳の情報こそあったものの、肝心要の自分達が欲しい情報は手に入らなかった。
その後、ナミネは疲れが溜まっていたせいか、研究室の椅子に座ってうたた寝を始めた。
リクは相変わらず資料を無言で読んでいる。
何となく所在なさを感じたロクサスは問題のソウルイーターを研究室の壁に立て掛け、自身は取り留めもなく城の外に出た。
月明かりが辺りを照らしている。
今夜のレイディアントガーデンの夜空には雲一つない。
ただし、自分の目に映っている月の形は自分がよく知っているハート型ではなく丸い形——即ち満月である。
「月って……本当はハート型じゃないのが普通なんだよな……」
機関に所属していた頃のロクサスにとって、月の形はハート型であることが当たり前であった。
人の心を集めて形成されたキングダムハーツ。
『存在しなかった世界』における、希望の象徴。
ロクサスは、あの月明かりが嫌いではなかった。
今、自分の目に映っている満月も陰りのある光を放っている。
しかし、自分が記憶しているキングダムハーツの月明かりはとは、似ているようでどこかが違うような気がした。
満月の月明かりは穏やかな光、キングダムハーツの月明かりは魔性の光——といったところだろうか。
そんなことを考えていたロクサスの周囲で、異変が起きた。
突然、満月の光が急に遮られたのだ。
雲によって遮られたのではない。
空中に浮かんでいる複数の巨大なハートレスによって、ロクサスの立ち位置からは月の光が遮られているように見えたのだ。
複数の巨大なハートレス——『ダークサイド』と呼ばれる異形の怪物たち、静まり返った市街地の方向へ向かって猛烈な速さで飛び去っていく。
言うまでもなく、市街地の人々を襲うつもりだろう。
頭でダークサイドたちの意図を理解した瞬間、ロクサスもまた市街地の方へと駆け出していた。
今日は、ハートレス退治がされたんじゃなかったのか。
アンセムの研究室へと向かう途中でハートレスに遭遇しなかったのは、嵐の前の静けさだったとでも言うのか。
この場合は、リクに応援を頼む方が先決じゃなかったのか。
トワイライトタウンの一件もまだ解決していないのに、俺は一体何をやっているんだ———。
雑然とした考えが頭の中で渦巻く中、息を切らせて走るロクサスは頭上を見た。
ダークサイドたちは計4体いる。
あんなにデカいハートレスたちが市街地で暴れたら、ひとたまりもない———。
つまり、単純にただ戦って勝てばいいわけではないのだ。
ある種の既視感のようなものを感じ、黒いコートをなびかせながらロクサスは両手にキーブレードを構えた。
【第5話:迫害】へと続く
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