【長編小説】ノーバディの運命 第11話:募る不信感

キングダムハーツ(長編小説)

“アンセム”の悪行

レオンが言うには、歴代の統治者たる『アンセム』の就任時に幾度となく権力闘争が起こったという。

「初代アンセムがこの世界をレイディアントガーデンと名付けたのは、約500年前だと言われている。その500年の間に“アンセム”の座を巡って何度も争いが起こった」

ロクサスは『権力』というものをよく知らない。

そのせいか、レオンが語る史実はいまいち説得力に欠けるように思えた。

「統治者とは、あくまで住民からの後押しがあって選ばれるものだ。しかし、中にはその“後押し”を得られないがために、実力行使で“アンセム”を蹴落としにかかるような輩もいた」

「つまり、13代目アンセム……いや、ゼアノートのような奴が昔もいたってことか?」

「そうだ。自分が新しい“アンセム”となるために、今現在の“アンセム”を陥れ、失脚させる。酷い場合には謀殺する。そんなことが当たり前の時代もあったそうだ。俺が物心ついた頃には既に12代目アンセムの治世だったから、あまり詳しくは知らないがな」

つくづく人間は醜い——と、ロクサスは思った。

権力というものに執着する気持ちが、自分には全くわからない。

ゼアノートにしろ、過去の『アンセム』達にしろ、権力欲に取り憑かれて統治者の座を狙い、ましてや争うなど理解できない。

そもそも、統治者とは周囲から認められてこそ就任するものではないのか。

「権力闘争の末に統治者となった過去の“アンセム”の中でも、その人物像は様々だ。善政を敷いた“アンセム”もいれば、統治者の権限を私物化したゼアノートのような“アンセム”もいた」

「権力争いをした人間だからといって、悪人とは限らないってことか」

「そういうことだ。悪政を打破するために、当時の暴君アンセムと権力闘争を行った英雄的人物もいる。いずれにせよ、初代アンセムが掲げた理念は、後世において完全には受け継がれなかったとも言えるな」

初代アンセム。

『創世記』なる本の著者にして、レイディアントガーデンの礎を築いた人物。

もし彼が後世の惨状を知ったら、さぞかし嘆くだろうとロクサスは思った。

「初代アンセムが書いた“創世記”って本には、キーブレードの戦争があったと書かれていた。あれは本当のことなのか?」

レオンは壁に寄り掛かったまま腕を組んだ。

そしてどこか怪訝な顔をしながら口を開いた。

「実際のところ、真相は不明だ。この城の図書室に保管されている“創世記”……つまり君が読んだ本だか、それが真実を記した書物なのかどうかは専門家の間でも意見が分かれている」

「じゃあ、あの本に書かれていることは嘘っぱちなのか?」

「諸説あるが、全くの嘘ではないと俺は思っている。実際、他の歴史関係の書物にも初代アンセムがどのようにしてレイディアントガーデンの基礎を築いたのか、またその行動についても記録が残っている。しかし、そういった歴史書にはキーブレードという言葉は全く見当たらない。あくまで初代アンセムの行為と変遷についてが記されているだけだ」

つまり、レイディアントガーデンの住民の大半は、元々キーブレードのことを知らないということか。

ただ単純に、過去に大きな争いがあったということのみが伝承として代々受け継がれてきたのだろう。

「レイディアントガーデンの歴史書は、殆どが書き手の客観的な見方によって書かれたものだ。その一方で“創世記”は初代アンセムの回顧録とも言える本だ。未だに“創世記”は初代アンセムを騙った別人が妄想を記しただけだと主張している歴史学者もいる」

「でも、キーブレードは実在する」

「その通りだ。レイディアントガーデンで唯一キーブレードについての記述があるのは“創世記”のみだ。よって、キーブレードは空想上の存在であるとこの世界では信じられてきた」

「つまり、アンタを含めたレイディアントガーデンの人間は、元々キーブレードの存在なんて信じていなかった。その理由は、歴史的な根拠が無いから。そういうことか?」

「その通りだ。そもそも“創世記”が本当に初代アンセムによって書かれた本なのかどうかすら曖昧だ。しかし、君やソラ、リクのようにキーブレードを持つ人間がいることも事実だ。だから“創世記”の著者の正体はともかく、内容自体は全くの嘘ではないのかも知れない」

ロクサスはレオンの隣に立ち、渡り廊下の窓から外を眺めた。

いつの間にか暗雲が立ち込め、雷が鳴り響いている。

「アンタは知っているか?ゼアノートは自分のレポートに“キーブレードを持つ者は世界を救ったとも、混乱をもたらしたとも言われる”……と書いていたことを」

「ああ、ソラから聞いたことがある」

ロクサスの問いに対して、レオンは短く答えた。

「ゼアノートは王様の存在を知ったことでキーブレードについて確信を得た。でも、それ以外にも“創世記”の内容を知ったことで、キーブレードが過去にどんな使われ方をしたのかを推測したんだと思う。レオン、あの“創世記”の内容は、この世界では広く知られていることなのか?」

「詳しくはあまり知られていない。せいぜい学校で歴史の授業などで軽く触れられる程度だな。あくまで過去に大規模な戦争があったこと、また歴代アンセムの所業について学ぶだけだ。かなり迷信深い人間でなければ、キーブレードの件は信じたりはしないだろうな」

カイリの祖母は、キーブレードのことを知っていたのだろうか?

おとぎ話を孫に語るくらいなのだから、カイリの祖母はどちらかと言えば迷信深い方に分類されるのではないか。

それであれば、伝承に詳しく、それを余すことなく人に語りそうな気がするものだが。

実はキーブレードのことを知っていたが、敢えて孫には語らなかっただけなのか。

ロクサスには、そのことが不思議だった。

「それともう一つ、レイディアントガーデンには史実ではないが言い伝えがある」

「言い伝え?“創世記”のこと以外にまだ何かあるのか?」

「その前に、君に伝えておきたい。これから話すのは、歴史的物証が全く無い正真正銘の“おとぎ話”だ。そして、その言い伝えとは多分キーブレードに関わるものだが、あまり気分の良い話ではない。特に、君のようにキーブレード所有者にとっては……」

「構わない。聞かせてくれ」

レオンは深い息を吐くと、目を瞑り静かに語り始めた。

「過去の“アンセム”が、鍵のような道具を使って住民を殺めた……というものだ」

「……何だって?」

「言い伝えでは、あくまで“鍵型の道具”ということになっている。だからキーブレードと同一のものかどうかはわからない」

「それは、かなり昔のことなのか?」

「それも不明だ。過去のどのアンセムがそれを行ったのかも不明。歴史上で暴君として有名なのは2代目と6代目のアンセムだが……いつ、どのようにしてこんな伝承が生まれたのか誰も知らない」

鍵型の道具となれば、真っ先に連想できるのはキーブレードだ。

しかし、もし本当にキーブレードが関わっているならば、歴史書に書かれていても不思議ではないのだが。

「2代目と6代目のアンセムの統治下では、住民の弾圧など日常茶飯事だったらしい。そのことは歴史書にも記されている。問題はここからだ。いつの時代なのか知らないが、当時の反統治グループの人間のうち何人かがこう言ったそうだ。“アンセムが鍵みたいな形の棒で仲間を刺し殺した”と」

「……それは本当のことなのか?」

「分からない。歴史書には、そんな事実は一切記されていない。これはレイディアントガーデンの住民たちの間で密かに囁かれているだけの話だ。噂と言ってもいい。それに、当時のアンセムと敵対していた者達が吹聴したデマという可能性もある。ただ、今日になってもそんな伝承が残っているというだけの話だ」

話の流れから察するに、この世界ではキーブレードの話は不吉かつタブー視される風潮があるのかも知れない。

もしそうなら、カイリの祖母がキーブレードのことを知っていて、かつ敢えて孫に語らなかったのだとしたら、ある程度納得できる理由ではある。

なるほど、確かに気分が悪くなる話である。

キーブレードで人を刺し殺すことなど、自分は考えたこともなかった。

ロクサスは、人間を嫌悪していることを自覚していた。

しかしながら、人間を殺してやりたいとまでは思わない。

真実はどうあれ、やはり集団における権力者とはゼムナスのように碌でもない存在なのだろう——と、ロクサスは思った。

「全く、この世界は色々と暗くなる話ばかりだな」

「気を悪くしたのなら謝る。すまなかった」

ロクサスはレオンに背を向け歩き出した。

これ以上、レオンと会話をしたくなかったからだ。

理性の部分は、レオンは悪くないと言っている。

感情の部分は、人間なんかと話すことはないと言っている。

理性と感情——どちらの声に従えばいいのかロクサスには分からなかった。

自由を求める気持ち

夕食を摂った後、ロクサスは客室に戻り、ベッドに寝転んだ。

無機質な天井を見つめながら、ロクサスは『創世記』の内容とレオンの話を反芻していた。

洋館の探索といい、レイディアントガーデンの歴史話といい、一日の中で色々なことがあり過ぎて気疲れしてしまった。

しかし、こんな状況であっても頭は妙に冴えている。

ノーバディである自分が、人間と和解できる日は来るのだろうか。

いや、和解する以前に、自分は『人間』というものを好きになれるのだろうか。

先日の仕打ちについて、ロクサスはやはり納得がいかなかった。

ロクサスはあくまで正義感からハートレスと戦ったのであって、住民からの見返りを期待していたわけではない。

だから、別に相手方から感謝されなくても、そのこと自体は別に構わない。

しかし、だからといって不当な差別を受けるのは如何なものだろうか。

住民を助けたことで礼を言われこそすれ、なぜ化物だなどと罵られなければならないのか。

差別は醜い、とロクサスは思う。

勿論、全ての人間が等しく醜いとまでは思わない。

しかしながら、人間とは醜い側の存在が圧倒的に多い生き物なのではないか——とも思う。

人間がノーバディを差別する限り、自分もナミネも日陰で生きることを強いられるのだろうか。

機関とは関係ない、真っ当な人間社会の中で生活を始めて大体1年ほど経ったが、今後のことを考えればこれは大きな問題である。

自分はキーブレードを使えることや戦闘能力を、ナミネは記憶を操る能力を上手く隠しつつ、これから生きていかなければならないのか。

ナミネは自分の能力を嫌っている。

出来る限り、彼女はノーバディとしての能力を封じて生活していくつもりだろう。

しかし自分はどうだろうか?

自衛の手段として、自身の戦闘能力を駆使せざるを得ない状況ならばどうか。

ハートレスに囲まれた時、自分や他人の身を守るためでも、キーブレードの使用を控えなければならないのだろうか。

行き場のないダスクのような下級ノーバディを統率し、誰かに迷惑を掛けないように計らうのも駄目なのだろうか。

そうやって、自分を偽ることが本当に正しい生き方なのだろうか———。

いや、決して正しい生き方ではない。

自問自答した後の結論は、自分でも驚くほど簡単に導き出された。

なぜ、自分が人間側に合わせなければならないのだろうか?

なぜ、差別を恐れて自分を抑圧しなければならないのだろうか?

自分は、自分の生きたいように生きる。

昔も今も、それが自分の望みであったはずだ。

そして、未来においてもそれは変わらない。

自分は自由を求めているのだ。

自分は自由に生きたい。

たとえ、人間と相容れなくてもだ。

でも、人間と相容れないなら、俺は——ノーバディは——どうやって人間と付き合っていけば良いのだろう———。

突然、ノックの音がした。

客室のドアを開けるとナミネが立っていた。

ロクサスはナミネを部屋に入れると、適当な椅子を用意した。

ナミネを座らせるとロクサスは再びベッドに寝転んだ。

「疲れているみたいだね」

「そうだな」

「あまり気にしない方がいいよ」

ロクサスはナミネなりのフォローに感謝しつつも、やはり腹の中では釈然としなかった。

「なあ、ナミネは人間のこと好きか?」

「いきなりどうしたの?」

「洋館から帰ってきた後、この城の図書室で歴史の本を読んだ。昔、レイディアントガーデンでどんなことがあったのかが書かれていた。それで、その本を読んだ後でレオンから詳しい過去の事情を聞いた。それで思ったんだ。昨日のこといい、歴史のことといい、人間は……」

「ロクサス、それ以上言わないで」

ナミネがロクサスの言葉を遮った。

ナミネの表情は暗い。

ナミネにしても、望んでこんなことを言っている訳ではないのだろう。

ロクサスはそのことを瞬時に悟った。

「ロクサスが今どんなことを考えているか、私には分かるつもり。私もノーバディだから、ロクサスの気持ちは痛いくらい分かる。でも、全ての人間が酷い人達というわけじゃない」

「そんなことは分かってる!!」

突然ロクサスがベッドから跳ね起き、声を荒げた。

あまりの剣幕にナミネは気圧され、言葉を失ってしまった。

「俺だって分かっている。ソラも、リクも、カイリも良い奴だ。ハイネも、ピンツも、オレットも、皆良い奴だった。でも、人間の殆どはノーバディを差別する連中なんだってことが昨日の一件でよく分かった。あんな最低な奴らだと知っていたら……俺はあいつらを助けてやったりはしなかった!!」

ロクサスは半ば我を忘れていた。

昨日の仕打ちだけでなく、ノーバディとして生まれてから蓄積された全ての不満、鬱憤うっぷん呪詛じゅそという形で口から吐き出されていく。

「俺だって、自分で望んでノーバディとして生まれてきたわけじゃない。自分で望んでキーブレード使いになったわけじゃない。ノーバディには、親も兄弟もいない。確かに、人間とは違う。でも、姿形は人間と同じだ。それなのに……人間は俺を……ノーバディを差別する!!」

ロクサスの激情は収まらない。

機関の一員として人目を忍ぶ日々、仮想空間での夏休み、人間からの差別———。

それら負の記憶が、脳裏に浮かび上がっては消えていく。

「姿形は人間と同じなのに、人間は俺を“化物バケモノ”と呼んだ。そんな自分勝手な奴らを……許せるわけがないだろう!!」

「ロクサス……落ち着いて」

「ナミネはこのままでいいのか?今は良くても、いつかナミネだってノーバディだからという理由で差別される時が来るかも知れない。それでいいのか?人目を気にして、自分の能力を隠して、ノーバディであることを隠してコソコソと生きていくことに耐えられるのか!?」

「ロクサス………」

腹の底に溜まっていた怨嗟えんさを吐き出しながら、ロクサスは一気にまくしたてた。

ロクサスも、理性の部分では分かっていた。

ナミネに向かって感情をぶつけても、何の解決にもならない。

自分がやっていることは、ただの八つ当たりに過ぎないのだ。

ややあって、ロクサスに冷静さが戻ってきたタイミングを見計らって、ナミネが口を開いた。

「私は、人間が好きだよ」

ナミネは静かに、しかしハッキリと断言した。

目の前の分身とも、兄弟とも言える少年をさとすような口調であった。

「私は、人間が好き。私と仲良くしてくれる人たちが居ることが凄く嬉しい。確かに、ロクサスが言っていることも分かるし、嘘じゃないと思う。でも私は、たとえノーバディとしてでも、この世界に生を受けたことに感謝している」

「差別を……自由に生きられないことを……ナミネは受け入れられるのか?」

「差別は、この先も無くならないかも知れない。でも、今の私は既に自由だと思ってる。自由だから、私は今、あなたの目の前にいる。それは私自身が望んだことだから」

きっとこの娘は、この世界を本心から愛しているのだろう——と、ロクサスは思った。

同じノーバディでありながら、自分とナミネでは人間や世界に対する考え方が全く違うのだ。

不幸な生い立ちでありながら、ナミネは世にはびこる理不尽を自分なりに受け止めて、折り合いをつけている。

「大人だな……ナミネは……」

「そんなことないよ」

「いや……大人だよ。俺には、とてもそんな考え方は出来ない。人間にも、世界にも、自分にも、何にでも悪い所の方が目に留まってしまう」

ロクサスは、自分とナミネとの間に存在する“差”を実感した。

精神的な強さという点において、目の前のか細い少女の方が優れていることは疑い無い。

相手の良い所ではなく、悪い所ばかりを見付け、そして糾弾きゅうだんする。

それは自分が嫌う『差別』と同類の行為なのだから。

しかし、そのことを認識した上で、なおもロクサスは釈然としない感情を抱えていた。

「俺は、人間が好きじゃない。ノーバディとして生まれたことにも納得できない」

ロクサスは再びベッドに寝転んだ。

ナミネから目をらしたかったからだ。

同じノーバディなのに、自分にとって彼女の存在は眩し過ぎる。

「ロクサスは何を望むの?何を願っているの?」

ナミネが優しく語り掛ける。

その問い掛けを呼び水にして、ロクサスは真っ先に頭に浮かんだ言葉を口に出した。

「自由になりたい。差別なんて気にせず、自由に生きたい」

消え入りそうな声でロクサスは言う。

さっきとは打って変わって、その声は弱々しい。

「そのためには……」

「そのためには?」

「どうすれば良いのかな……」

そう言いながらも、ロクサスは頭の何処かで理解していた。

こんな問題は、ノーバディである自分が人間に迎合すれば解決するということを。

自分も相手も傷付けないためには、自分の意志を曲げればこと足りるのだ。

しかし、それは精神的な自由の放棄を意味するのではないか?

自分はそこまでして、人間と仲良くしたいと思っているのだろうか?

否、そうは思わない———。


第12話:異端の存在へと続く

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