【長編小説】ノーバディの運命 第10話:レイディアントガーデンの歴史

キングダムハーツ(長編小説)

偉人の言葉

後世の者達にこの世界の起源を伝えるべく、此処に我が歩みを記すものである。

かつて、戦争があった。

人々『光』を求めて戦い、その命を散らしていった。

『光』の解釈は人それぞれである。

それは資源かも知れない。

それは土地かも知れない。

それは家族かも知れない。

それは友人かも知れない。

それは恋人かも知れない。

それは『世界の全て』かも知れない。

人々は自分にとっての『光』を求めて、あるいは取り戻すために戦った。

どれだけ傷付こうと、どれだけ疲れようと、どれだけ悲しかろうと戦い続けた。

いつしか、人々はいくつかの勢力に分かれていた。

欲望のままに戦い続ける勢力。

戦いを食い止めようとする勢力。

悲しみのあまり、戦いを放棄する勢力。

憎しみのあまり、全てを滅ぼそうとする勢力。

いずれの勢力にも、ある共通点があった。

幹部格の者はいずれも鍵——キーブレードと呼ばれる鍵型の武器を携えていた。

キーブレードは選ばれし強者の証でもあった。

特に、戦争中はキーブレードの所有者こそが世界を導くべきだという風潮があった。

では、それはなぜか?

それは、キーブレード使いはその他大勢よりも“優れて”いたからだろう。

肉体的にも、精神的にもである。

ある者は、キーブレードで略奪を行った。

ある者は、キーブレードで救助を行った。

ある者は、キーブレードで人命を奪った。

キーブレードの本来の役割を知ろうとすることなく、人々は争い続けた。

そして、世界は終焉を迎えた。

私はキーブレードを扱えるような人間ではない。

特別な能力など持たない、普通の人間である。

世界を導くことなど到底出来ない。

しかし、全てが闇に包まれてしまったこの世界で、私は何かをしたいと思った。

どんなに小さなことでもいい。

自分の努力によって、この終焉を迎えた世界に光を取り戻したいと思った。

出来ることなら、誰かと争うことがない平和な世界を築きたい。

それが、戦争後に生き残った自分の使命だと思った。

ある時は、川へ水汲みに行った。

ある時は、畑を耕した。

ある時は、山へ狩りに行った。

ある時は、戦争を生き残った者同士で助け合った。

そんなことを何年も繰り返した。

いつしか自分を慕ってくれる人々が周りに居た。

皆は私に『自分達を導いてほしい』と言った。

私は『なぜ?』と彼らに尋ねた。

そして、彼らはこう言った。

『それはアンセムさんにしか出来ないことだから』と。

私は、ただ自分に出来ることをしているだけである。

何か特別なことをしている訳ではない。

ましてや、自分が大勢の人々を導くことが出来るような器だとはどうしても思えない。

しかし、人々が望むのならば、私は指導者としての責務を全うしたい。

そのことで平和を維持し、この世界の秩序と安寧が保たれるならば、私は最大限に努力しよう。

私——『アンセム=レイディアント』は、この世界の初代統治者として就任した。

民衆からの公正な推挙による就任であり、私自身そのことを誇りに思っている。

初代統治者としての最初の仕事は、戦争を経て引き裂かれ残ったこの世界に、新たな命名を行うことだった。

民衆の意見を賜り、後日、この世界は私の名の一部を借りた名称——『レイディアントガーデン』と名付けられた。

『レイディアントガーデン』——即ち『輝ける庭』。

願わくば、戦争により荒廃したこの世界が、平和に発展していくことを祈っている。

自治を先導する統治者としての歩みは、決して平坦なものではなかった。

レイディアントガーデンとて、元を辿れば広大な全世界のごく一部である。

戦争の終結以降、世界は引き裂かれ、その後に残ったのが現在のレイディアントガーデンでなのだから。

しかし、レイディアントガーデンが全世界の欠片の一部として発生したのと同様に、他の欠片から成る世界も存在し得る筈である。

今日では異世界とも呼ぶべき、他の世界。

異境の地とでも呼ぶべき別世界との往来は不可能である。

物理的な障壁により、行き来が出来ないのである。

戦争以前は、キーブレードなる神器を以て異空の回廊に進出した者もいたそうだが、一般の大衆からすれば、キーブレード使いなど極少数の限られた存在であったのは間違いない。

今日のレイディアントガーデンにて、キーブレードを扱える人間は確認されていない。

戦争にてキーブレード使いの大半が死に絶えてしまった——それが、この世界で囁かれている通説であった。

実際のところ、私自身もキーブレード使いなどではないため、キーブレードの使用資格や用途などは漠然としており、正確なことは何も分からない。

私が思うに、強大すぎる力は摩擦の温床となり、そのことが重なって戦争にまで発展したのではないかと考えている。

キーブレードに選ばれし者は、良くも悪くも傲りたかぶり、自らの存在を特別なものとして考えていたのではないか?

そのことを戒めとして、私自身は“力”に傲ることなく、長年に渡りレイディアントガーデンの統治を行ってきた。

現在は2代目にあたる自治領主に統治者としての任を譲り、時間を見つけてはこうして自叙伝の執筆を行っている。

先日、第2代統治者が私の名前である『アンセム』を襲名することが正式に決定したと報せが届いた。

今日以降、民の中から選ばれ統治者に就任したも者は、代々『アンセム』の名を受け継ぐそうだ。

自分の名前がそのような形で後世に残っていくとは、こそばゆい心地である。

次代の『アンセム』——そして民衆の努力によって、レイディアントガーデンの益々の発展と健勝を祈る。

また、いつの日か後世の者が私の手記を目にした時、人が犯した戦争と過去の事実を戒めとしてくれたら幸いである。

著者:アンセム=レイディアント

“アンセム”という名前

ロクサスは静かに本を閉じた。

『創世記』に書かれていたのは、レイディアントガーデンがどのようにして誕生したのか、そして『アンセム』の名が持つ真実についてであった。

「戦争か。戦争が終わった後で、この世界はレイディアントガーデンと呼ばれるようになったんだな……」

以前、この場所でカイリは祖母からおとぎ話を聞かされた。

皆で光を奪い合い、その争いの後に世界は闇に閉ざされてしまった——と。

ロクサスは、ソラの記憶を通して知ったその時の場面を思い出していた。

カイリの祖母が語ったおとぎ話とは、単なる空想などではない。

史実に基づいた伝承だったのだ。

少なくとも、今読んだ『創世記』とやらの内容を信じるならば、光の奪い合いによって戦争が起こったのは間違いないのだろう。

しかしながら、その戦争にキーブレード使いが関わっているとは思わなかった。

『創世記』によれば、当時はキーブレード使いが複数いたのだという。

過去のこととはいえ、キーブレード使いが戦争の中核を担っていたことには驚いた。

そして、ロクサスはこうも思った。

『キーブレード使い』などと一言で括るのは、おそらく適切ではない。

キーブレード使い達も、個々の思惑があって行動を起こしたのだろう。

それ故に、戦争と呼ばれるほどに戦いの規模が拡大したのではないか?

そう、キーブレード使いなどと一言で括ることは出来ない。

同じキーブレード使いでも、自分とソラが全く違うように———。

「ある者はキーブレードで略奪を行った。ある者はキーブレードで救助を行った。ある者はキーブレードで人命を奪った……か。それが本当なら、昔は色々な奴がいたんだな」

自分は戦争の経験など無いが、善悪の判断くらいは出来るつもりだ。

この場合、救助をすることが“善”で、略奪や人殺しは間違いなく“悪”である。

そうに決まっている。

ならば、害なきノーバディを差別し、迫害するような人間は善か?悪か?

ロクサスの脳裏に、無惨な扱いを受けて消えていったダスク達が浮かんだ。

果たして、彼等は善か?悪か?

「俺は…ノーバディは…“悪”なのか……?」

無人の図書室にロクサスの声が虚しく響く。

ロクサスの問いに答える者は誰もいなかった。

気が付けば、窓から見える景色は真っ暗になっていた。

『創世記』を読み、自分の存在が善だの悪だの考えてる間に、相当な時間が経っていたらしい。

ロクサスは『創世記』を本棚に戻した。

その後、ロクサスは小腹が空いたので食堂へ行くことにした。

図書室を出て食堂へと続く廊下を歩く途中、ロクサスはレイディアントガーデンを興したという初代アンセムについて思いを巡らせた。

『創世記』は初代アンセムの自筆によるものらしいが、まず『アンセム』という名前を代々の統治者が襲名するということにロクサスは驚いていた。

つまりアンセムとは個人の名前というより、統治者に付随する称号としての側面が強いということである。

努力によって周囲の人間から好かれ、慕われ、統治者に推され、ついには世界の命名まで行った初代アンセム。

さぞかし立派な人物だったのだろう。

『創世記』の全ページを読んだわけではないが、概要を読んだだけでもその誠実な人柄が伝わってくるような気がした。

いや、何も特別な力を持たないからこそ、初代アンセムは不断の努力を重ね、その結果として周囲からの信頼を得るに至ったのではないか。

そうだとすれば、やはり普通の人間にこそ慕われる素養があるのだろうか。

「普通じゃない、か……」

少なくとも、ロクサスは自分自身のことを“普通”ではないと考えていた。

ノーバディとして生まれた自分には、親も兄弟もいない。

精神面も矛盾だらけな存在だ。

喜怒哀楽の感情はあっても、ノーバディである自分に“心”があるとは言い切れない。

ましてや、自分はキーブレードの所有者でもある。

キーブレードとは、使い方次第では善にも悪にもなる。

そういった意味では、危険極まりない道具であるとも言える。

そんな道具を、自分は所有し、自由に扱っている。

その点に関して考えてみると、やはり自分は“普通”ではない。

「ああ、駄目だ。暗く考えすぎだ」

ロクサスは頭を振りかぶった。

それと同時に、城の渡り廊下の向こうから来る人影に気付いた。

それは、レイディアントガーデン再建委員会の長——レオンだった。

ロクサスはレオンに会釈えしゃくだけして通り過ぎようとした。

先日の件もあって、レイディアントガーデンの住民と気安く接する気にはなれなかったからだ。

しかし、ロクサスの意に反してレオンは声を掛けてきた。

「リクから郊外の洋館探索に協力してくれたと聞いた。ありがとう」

簡潔かつ誠意のある礼であった。

ロクサスもそう言われては悪い気がしないが、やはり何か気分が釈然としなかった。

そのせいか、とげのある言葉が口から出てしまった。

「アンタがそうやって街の再建に取り組むのは、次の統治者の座を手に入れるためなのか?」

唐突な質問をされ、レオンはよく分からないといった顔をした。

「統治者?」

「さっき図書室で“創世記”という本を読んだ。このレイディアントガーデンという世界では、統治者として選ばれた人間が“アンセム”と名乗るんだろ?」

「ああ……そういうことか」

レオンは息を吐き、壁に寄り掛かった。

「別に、俺は統治者になりたいわけじゃない。個人的な考えたが、統治者が代々アンセムと名乗るのもおかしな話だと思うしな。俺が再建委員会の委員長をやっているのは、まあ成り行きということもあるが、一番の理由は俺自身がこの世界を復興させたいと思っているからだ」

「差別が当たり前の世界を復興させたいのか?」

ロクサスはレオンに向かって皮肉を言った。

そして、ロクサス自身そのことに対して嫌悪感を覚えた。

レオンに罪はないのに、頭で考えるより早く言葉が口から出てきたのだ。

「君には分かってもらえないかも知れないが、俺は人々の心や思想を変えたいと考えている訳じゃない。俺が街の再建について努力しているのは、昔の穏やかで平和なレイディアントガーデンを取り戻したいからだ」

「ご立派なことだな」

「褒め言葉と受け取っておこう」

「そうか。じゃあ話を変えよう。今のレイディアントガーデンには統治者という立場の人間……つまり“アンセム”という人間はいないんだよな?」

「ああ。そういうことになる」

「じゃあ、どうして次の統治者を決めないんだ?たとえレオンじゃないとしても、リーダーとなる人間がいた方が復興も効率よく進むんじゃないか?」

「それは一理ある考えだが、俺達レイディアントガーデンの住民にとっては、必ずしも正論とは言えない意見だな」

「どういうことだ?」

ロクサスには、リーダー不在の何が悪いのかが疑問だった。

かつて所属していたⅩⅢ機関という組織では、ゼムナスという絶対権力者によって行動方針が決められていた。

善悪はともかくとして、組織や集団においてリーダーは必要なはずだ。

「話せば長くなるが、そうだな……この機会にレイディアントガーデンのことを深く知って貰えればと思う」

「次の統治者……つまり“アンセム”の候補者がいないのか?」

「それもある。しかし、最も問題なのは歴代の“アンセム”たちの行為によって、住民が“アンセム”を怖れるようになってしまったからだ」

「ちょっと待てよ。統治者である“アンセム”は周りからの推薦とかがあって着任するものなんじゃないのか?怖がられるような悪人だったら、統治者として選ばれるわけないだろ?」

「そうだ。そして、そこに問題がある。例えば、先代のアンセムだ。公式記録では13代目アンセムと呼ばれている人物だが……」

『先代のアンセム』——その言葉を聞いて、ロクサスはすぐに合点がいった。

「そうか……ゼアノートか」

「そうだ。今でこそ明らかになっていることだが、13代目アンセムは、先々代の……つまり12代目の“アンセム”を秘密裏に監禁し、さらには別世界に追放した。そして、まんまと自分は統治者の座に就いた」

つまり12代目アンセムとは、過去に『賢者アンセム』と呼ばれていた人物だったのだ。

そして、13代目アンセムがゼアノートということになる。

ロクサスはそれと同時に、ゼアノートがアンセムを名乗った理由についても納得した。

ゼアノートがアンセムの名を騙ったのは、理由があってのことだったのだ。

実際にはクーデターであったものの、ゼアノートが『アンセム』という名前を継承したこと自体は公事に則ったものであった。

「表向きは12代目アンセムの引退と同時に、12代目から推薦を受けてゼアノートが“アンセム”を襲名したと住民に対して発表された。今から11年前のことだ。当時は13代目が12代目から統治者の座を簒奪(さんだつ)しただなんて、俺には全く分からなかったな」

「その後で13代目アンセム……つまりゼアノートがやったのはハートレス作りの実験か。だから、この世界では“アンセム”は怖れられているってことか」

「13代目とは対照的に、12代目アンセムは賢者と呼ぶに相応しい統治者だった。人格者でありながら為政者としても優れていた。彼の治世にレイディアントガーデンは栄華を極めたと言われているくらいだ」

「そうか……あいつが……」

ロクサスは、かつて『ディズ』と自称した男のことを思い出した。

その正体は『賢者アンセム』が姿を変えた人物であり、自分にとっては憎悪の対象でしかなかった男なのだが、こうして第三者からの評価を聞いてみると、印象が幾分か変わるものだ。

12代目アンセムとしてレイディアントガーデンを統治していた頃の彼は、間違いなく賢者として住民から慕われていたのだろう。

しかし、ゼアノートの謀略によって全てを失った彼は、過去を捨てて復讐鬼と化した。

そう考えると、あの男もそれなりに哀れに思えてくる。

あいつは今、何処で何をしているのだろうか———。

「だが“アンセム”の名が怖れられているのは、12代目と13代目のことだけが原因じゃない」

「どういうことだ?」

「過去にも、統治者の座を……“アンセム”の名を巡って何度も争いが起こった。“アンセム”とは、栄誉だけに満ちた名前ではないんだ」

レオンはロクサスに語る。

『アンセム』の名に秘められた暗い歴史を———。


第11話:募る不信感へと続く

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