【長編小説】ノーバディの運命 第13話:甦る記憶

キングダムハーツ(長編小説)

状況の整理

無人の洋館は不気味な存在感を漂わせている。

ノーバディだけが通れる結界に包まれながら。

「これが……結界?」

ナミネは目の前にある薄灰色の壁を見た。

蜃気楼のように揺れる空気の壁は、ノーバディの通過のみを許す。

その障壁に洋館全体が覆われているのだ。

そして、洋館外壁の正門にあたる部分には、ノーバディの紋章が陽炎のように揺らめいている。

「ロクサスから話は聞いていたけど、本当にノーバディだけが通れる結界みたいだね。とても強い魔力を感じる……」

ナミネは結界が放つ不可視の力を肌で感じていた。

それは身体中の血が冷たくなるような、冷徹な波動であった。

「この結界の不可解な点は三つある」

リクが口を開いた。

ロクサスとナミネと共に、結界の内部——即ち、洋館に関する状況確認をしておきたかったのだ。

「まず、誰がこの結界を作り出したのか。次に、何時この結界が作られたか。最後に、この結界が作られた目的は何か。この三点だ」

ノーバディのみが通れる結界が、まさか勝手に現れるわけがない。

よって、目の前で揺らめいている結界自体に、何らかの意図が込められているのは疑い無い。

「じゃあ、俺の考えを改めて伝えておく」

先日、単独で洋館内に潜入し探索を行ったのはロクサスただ一人である。

元機関員ということも加味すれば、信憑性という点においてロクサスの意見はこの世界の誰よりも優れているのは間違いない。

「まず“誰が”って所の候補者は、俺が知る限りでは魔力に秀でたゼムナス・ヴィクセン・ゼクシオン・マールーシャの4人。“何時”って所は、正確なことは分からないけど、館内の寂れ方からして最近じゃないのは間違いない」

結界が作られて以降、ノーバディ以外の存在が洋館に出入り出来るはずもない。

つまり、機関員の訪問が途切れたことによって洋館の手入れがされなくなったのであれば、少なくとも結界が作られてからかなりの時間が経過しているはずである。

それがロクサスの考えだった。

「最後に、何のために結界が作られたかってことだけど……多分、機関にとって重要な秘密がこの洋館にあるからだと思う」

そう言いつつも、正直な話ロクサスには結界が作られた具体的な目的、また理由については見当も付かなかった。

あくまで仮定だが、機関が結界を作ってまで目の前で洋館を隠蔽しようとしたのなら、この洋館には重大な秘密が眠っているはずである。

しかし、機関の重要拠点と呼ばれた忘却の城には結界など無かった。

多数の機関員が消滅し、実質的に忘却の城が放棄された後も、それは変わらなかった。

普通に考えるならば、機関の秘密を知られまいと忘却の城を結界で覆い、必要な時期が来るまで城を封印する。

そういった措置を取っても良さそうなものだが、機関はそれを実行しなかった。

殆ど無人になったのも同然な機関の重要拠点を放置しておいたにも関わらず、目の前の古ぼけた洋館を敢えて結界で包んだ理由———。

ロクサスには、それが分からなかった。

忘却の城とは比較にならないだけの秘密が、やはりこの洋館には眠っているということなのだろうか。

「ロクサスの考えで間違いないだろう。機関が結界を作ったのなら、この洋館には機関にとって重大な秘密があり、それを外部に漏らしたくなかった。そうに違いない」

リクが冷静な分析をする。

そして、ロクサスもそれに頷いた。

機関の隠蔽体質は、自分が一番よく知っている。

機関とは、叩けばいくらでも埃が出る組織だった。

自分が知らない場所で、何らかの計画を秘密裏に進めていたとしても不思議はない。

「機関の秘密。どんな秘密かは分からないけど、あまり良い秘密じゃなさそうだね」

ナミネが的確な評価を下した。

そして、恐らくその評価は正解だとロクサスは思った。

機関が隠蔽するような秘密ならば、ほぼ間違いなく世のため人のために役立つような類のもなではないだろう。

尤も、今となっては人間のことなど、自分にとってはどうでもいいことだが———。

「その“機関の重大な秘密”について、昨晩少し考えてみた」

リクが再び口を開く。

リクの意見とは、レイディアントガーデンの城で調べたハートレス製造装置と機関を結び付けた推測だった。

「この洋館がカイリの生家かどうかは、一先ず置いておこう。二人も感じていると思うが、この洋館周辺は闇の気配が異様に強い。でも、なぜかハートレスは居ない。最初は、闇の気配が強いのは目の前の洋館内にハートレス製造装置があるためだと考えていたけど……」

「もし洋館の中にハートレス製造装置があって、それが今も稼働しているなら、この近辺にハートレスが居ないのはおかしい。そういうことか?」

「ああ、ロクサスの言う通りだ。だから昨日ロクサスと一緒に此処に来た時、俺はこの洋館とハートレス製造装置を結び付けて考えなかった。でも昨晩、この洋館とハートレス製造装置について改めて考えてみると、一つの可能性が頭に浮かんだ」

「何だよ?可能性って」

ロクサスがリクに訪ねた。

「一昨日、二人がこの世界に来た時、アンセムの研究室に居た俺を訪ねてきた時のことを思い出してくれ」

一昨日とは、ロクサスとナミネがサンセットヒルに残されていたソウルイーターの所有者を探して、レイディアントガーデンへとやって来た日だ。

二人はリクの意見を聞いて、彼がサンセットヒルの一件に無関係であることを確認した。

その後、彼が調べていたハートレス製造装置の話を聞かされた。

ハートレス製造装置には初期型、中期型、後期型が存在すること。

そして、それらの資料の中に速記のようなメモ書きがあったこと。

「ハートレス製造装置に調べる過程で、俺は妙なメモ書きと思って注目しなかった単語があった。“KH応用不能”という単語だ。たが、今にして思えば『KH』がキングダムハーツの略称であるなら機関とも無関係じゃない」

ロクサスとナミネは、リクが言わんとしていることが読めてきた。

第12代統治者たるアンセムの弟子たち——即ち、ゼアノートとその仲間たちは、ハートレス製造装置とキングダムハーツを関連付けた研究を行っていた。

その研究に関する秘密が、目の前の洋館に隠されているのではないか。

後日、機関が結成された後、キングダムハーツについての情報漏洩を防ぐ目的で、その秘密は洋館ごと結界の内部に封印されたとしたら———。

「ただ、自分でも強引な推理だとは思うんだ。まず、いくら優秀とはいえ当時は一介の研究者に過ぎなかったゼアノートたちが、何故キングダムハーツの存在を知っていたのか」

リク自身、自分の考えに自信が持てなかった。

自分の中にある知識の断片同士を、無理矢理繋ぎ合わせて考えた仮説に過ぎないからだ。

「さらにもう一つ。洋館にその研究絡みの秘密が隠されていると仮定して、なぜ機関はその秘密を洋館の外に持ち出すのではなく、洋館そのものを結界の中に封じるような措置を取ったのか」

「そうだね。確かに、考えてみれば変だよね……」

リクの言葉を聞いてナミネは首を傾げた。

もし何か重要な研究データが洋館内にあるとしても、今の状況と併せて考えれば、確かに腑に落ちない話である。

「機関が隠した秘密が、例えば何かの研究の資料やデータだけなら、外に運び出せば済むのにね。それなのに洋館ごと結界で封印したのは、その秘密を外に運び出せないから……なのかな?」

「洋館の外に運び出せないなら、人目に付かないように封印した方が良い。機関はそう考えたってことか?」

ナミネの意見を受けて、ロクサスは三人の推理を総括した。

あくまで可能性の話ではあるが、全くの的外れとも思えない。

しかし、洋館から運び出せないような秘密とは、一体何なのか。

「もういい。分からないことをいくら考えても仕方がない」

ロクサスは痺れを切らしたように頭を掻きむしった。

ソラほどではないが、自分は物事を考えるのが得意ではない。

「俺とナミネで、洋館中を改めて調べる。そうすることで、昨日俺が洋館の書斎で見つけたようなレポートが他にも見つかれば、また何かのヒントになるかも知れない」

「そうだね。まずは行動あるのみ、だよね」

ロクサスの意見にナミネが賛同した。

思案する時は既に終わり、今は行動するべき時なのだろう。

リクは苦笑すると、これから結界を通る二人を見送ると同時に警戒を促した。

「俺が同行できるのは、ここまでだ。洋館の中に何があるのかは知らないが、危険を感じたらすぐに引き返すんだ。それともう一つ。ついさっき正午を過ぎた所だが、陽が落ちる前には必ず探索を切り上げて館から出てくるんだ。暗くなれば視界が悪くなり、危険も増すだろう。何も今日だけで探索を終えなければいけないわけじゃないんだからな」

「分かっている。それに、もしハートレスが出てきたとしても問題ない。俺が倒す。ナミネも俺が守ってみせるさ」

「私もロクサスも大丈夫だよ。リクは心配性だね」

そう言って、ロクサスとナミネは薄灰色の結界の向こうへと消えていった。

リクは二人の姿が完全に見えなくなった後、洋館の外壁にもたれ掛かった。

結界や機関のこととは別に、リクは昨晩からあることについて考えていた。

先ほど、ロクサスが話を打ち切ったことでその考えを披露する機会は失われてしまったが、今となっては致し方ない。

それに、今すぐロクサスとナミネに話さなければならないといった類の話でもなかった。

リクが考えていたのは、カイリのことについてだ。

カイリの物らしき私物があったからといって、目の前の洋館がカイリの生家だとは限らない。

しかし、洋館と機関——ゼアノートらの研究とを関連付けて思考する最中、ふとある疑問が頭の中に浮かんだ。

カイリの心には闇が存在しないことを、ゼアノートはどのようにして知ったのだろうか、と———。

普段とは違うナミネ

結界を通り抜けてまず目に入ったのは、荒れ果てた庭だった。

あまりの荒れ具合に、ナミネは驚いた。

洋館の入口へと続く道と花壇の境目が分からない程に、雑草が周辺一帯を覆い尽くしている。

一体、どれだけの間放置されていたのだろうか。

「何と言うか、すごく荒れてるね……」

「ああ。この庭だけを見ても、相当な時間が経っているのは間違いない。まあ、機関に庭や花壇の手入れを喜んでするような奴がいるとも思えないけど」

唯一、こういった園芸関係のことに興味を示しそうなのは属性が『花』であるマールーシャくらいだとロクサスは思った。

しかし、この会話の中でロクサスは敢えてマールーシャの名前を出さなかった。

それは、ナミネに対するロクサスなりの配慮であった。

彼女にとって、マールーシャは因縁深い相手だからだ。

ロクサスの隣に並んで歩くナミネを見た。

ナミネは花壇の方を、どこか感慨深そうに見ながら歩いている。

「この庭にある花壇、ちゃんと手入れされていれば、きっと花が沢山咲いて綺麗なんだろうね」

「ああ。そうかもな」

ナミネの言葉に対し、ロクサスは無難な相槌を打つ。

ロクサスは、あまり花に興味が無い。

むしろ、どちらかと言えば苦手なジャンルの話であった。

雑草の海を横断し、足早に洋館の中に入ろうとすると、突然ナミネにコートの袖を引っ張られた。

「ねえ、ロクサス。庭や花壇って、この正面の入口の前にしかないの?」

どうしてナミネはそのようなことを気にするのだろうか。

今は館内の探索を優先すべきだと思わないでもなかったが、ナミネからの質問を無下にも出来ない。

ロクサスはナミネの質問に答えるべく、つい先日の記憶を辿った。

『庭』と『花壇』という二種類の言葉をキーワードにして、ロクサスは頭の中の記憶を辿る。

ああ、そうだ。

館の二階を探索した時に、窓から裏庭らしい場所が見えたのを覚えている。

記憶が正しければ、黄色い花が生い茂っていたような気がする。

「確か、裏庭があったと思う」

「裏庭?」

「ああ。昨日、この洋館の二階の窓から裏庭のような場所が見えた。確か、この入口から見て反対くらいの場所だったかな」

「私、その裏庭を見てみたい」

「え?ああ」

ナミネの申し出を断る理由も無いので、二人は一旦館の裏側に回ることにした。

館と外壁の間をナミネが先導する形で歩いていく。

まるで裏庭の正確な場所と、そこに至るまでの道筋を知っているかのように、ナミネの足取りは淀みがない。

ナミネの後ろに付いて歩きながら、ロクサスはある疑問を胸に抱いた。

ナミネは、こんなにも花が好きだっただろうか?

ナミネが静かに時を過ごすことを好むのは知っている。

しかし、ロクサスが知る限り、彼女がスケッチや読書に勤しむ姿を見たことはあっても、ガーデニングなどの園芸や花そのものに興味を示す姿を見たことは無かった。

それとも、単に彼女が花好きなことを自分が知らなかっただけなのだろうか。

「俺が二階から見た裏庭は、綺麗って程じゃなかった。確かに花は咲いていたけど、手入れも全然されていないようだったし、見てもつまらないんじゃないか?」

「それでも私、その裏庭を見てみたい」

「そうか。まあ、ナミネがそこまで言うなら俺は別に構わないけど」

「ロクサスが見た裏庭の花って、黄色かった?」

「え?ああ。そうだった気がする」

ナミネは言葉少なに歩いていく。

何処がというわけではないが、普段のナミネとは少し雰囲気が違う——と、ロクサスは思った。

やがて二人は裏庭に辿り着いた。

ロクサスが見た通り、裏庭一帯に黄色い花が咲いている。

いや、この場合は“咲いている”という表現よりも“群生している”という表現の方が適切だろう。

何処からが花壇で、何処からが普通の地面なのか、傍目からはまるで判別できない。

それくらい黄色い花が咲き乱れているのだ。

ナミネは黄色い花の前にしゃがみこみ、手で花弁を弄り始めた。

あの黄色い花が、よほど気に入ったのだろうか。

もしくはナミネにとって、何か思い入れのある花なのだろうか。

何となくナミネに声を掛けるのが憚られるような気がして、ロクサスは洋館側に視線を向けた。

ロクサスから見て、二階の端側の部屋の窓が僅かに空いている。

おそらく、あれは自分が訪れた子供部屋——即ち『Kairi』と刺繍が入った熊のぬいぐるみを見つけた部屋だろう。

風の影響なのか、カーテンが微かに揺れているのが見える。

それ以外にも、一階に該当する位置に裏口があることにも気付いた。

しかし、裏口の見た目は正面入口とは異なり、勝手口と呼ぶべき普通のドアがあるだけだ。見たところ、裏口のドアノブ部分が南京錠で施錠されているようだ。

先日、初めてこの洋館に来た時も、正面入口はご丁寧に南京錠で施錠されていた。

全く、訳が分からない館だ。

ロクサスはナミネに視線を戻した。

ナミネは相変わらず花の前にしゃがみこんでいる。

先ほどから言葉少なだし、一体どうしたというのだろうか。

ナミネのすぐ隣に立った時、ロクサスはあることについて疑問に思った。

この裏庭に来る途中、ナミネが自分に言った言葉についてだ。

“ロクサスが見た裏庭の花って、黄色かった?”

ナミネはこの場所に来たことが無いにも関わらず、なぜ裏庭に咲いている花の色が“黄色い”と思ったのだろうか?

ロクサスは意を決して、ナミネに声を掛けた。

「どうしてナミネは、裏庭に黄色い花が咲いているって思ったんだ?」

ロクサスの問いかけに対して、ナミネはすぐには返答しなかった。

暫く目を閉じ、その少し後で立ち上がった時にようやくナミネの唇が動いた。

「さあ……どうしてだろうね」

普段と空気が違う、と思った。

ロクサスはナミネの目を見た。

しかし、その瞳から彼女の感情を読み取ることは出来なかった。


第14話:花言葉へと続く

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