【長編小説】ノーバディの運命 第3話:犯人の行方

キングダムハーツ(長編小説)

ソラとの会話

ソラは、妙にニコニコしながらロクサスとナミネのことを見比べている。

「もう日も暮れそうなのに、二人で何してたんだ?ん?ん~?」

キーブレードの勇者であるソラは、普段はごく普通の少年である。

しかし、彼は時々ではあるが周囲の人間を意味もなく冷やかすという癖があった。

単純すぎるため気配りをするのが苦手なのか、それとも空気が読めずにやっているだけなのか、それは“もう一人のソラ”であるロクサスにもわからない。

「…なあ、ソラ。俺たちをからかいたい気持ちはわかるけど、今はそれどころじゃないんだ。リクが今どこに居るか知らないか?」

「リク?今日は俺と一緒にハートレス退治に行ってきたけど?」

「ハートレス退治って……この世界のか?」

「違うって!この平和な世界のどこにハートレスが居るんだよ?俺たちが今日行ってきたのはレイディアントガーデン!俺、一応あの街の再建委員だからさ~」

ソラは頻繁にではないが定期的にレイディアントガーデンへと赴き、現地でのハートレス退治作業に参加することがあった。

困っている人々——特に友達を放っておけないというソラの性分も相まって、彼はレイディアントガーデンの人々への協力を惜しまなかった。

ソラから聞いた話によると、今日はそのハートレス退治作業にリクも参加していたらしい。

「リクもさ、困っている人達を見捨てるような奴じゃないしな!俺が“たまにはリクもハートレス退治を手伝ってくれ”って言ったらOKしてくれたんだ」

「…それで、リクと一緒にレイディアントガーデンに行ったのに、帰りは一緒じゃなかったのか?」

まるでソラとリクがワンセットのような物言いをするロクサスではあるが、ソラは意に介さず話を続ける。

「俺が帰ろうとしたら、リクが“まだ城の中に用があるから”とかって言ってさ」

「……用だって?」

「それで、俺もリクに付き合おうかと思ったんだけど……ホラ、今日カイリが熱出して寝込んじゃってただろ?今日は朝から村長さん家に誰も居ないから、ナミネが看病に来るってことは聞いてたけど……やっぱりカイリのことが心配でさ。それで、俺だけ早めに帰ってきたんだ」

カイリの名前を出した途端、恥ずかしそうに頭をガシガシと掻きむしるソラ。

他人の仲を冷やかすのは得意でも、自分のこととなるとまた話は別のようだ。

「ああ、忘れてた。ナミネ、朝からカイリのこと看病してくれてありがとう!俺は前からレオン達と一緒にハートレス退治をする約束をしてたから、今日はどうしても抜けられなくてさ……」

「ふふ…どういたしまして。熱も下がったし、カイリはもう大丈夫だと思うよ。でも、今からでも会いに行ってあげて。カイリもきっと喜ぶから」

「うん、そのつもり!そういうわけだからさ、ロクサス。今すぐリクに用があるならレイディアントガーデンに行ってみて。レイディアントガーデンって、何処の世界のことか分かるよな?」

「分かるに決まっているだろ?子供じゃないんだから」

冗談で言っているのか、素で言っているのか———。

どちらにせよ “もう一人の自分”に子供扱いをされたのでは、何となく面白くない。

ロクサスはソラのことを軽く睨み付けた。

「ロクサス~そう怒るなって。そんなんじゃナミネに嫌われるぞ?」

「…わかったから、早くカイリの所に行けよ。ああ…それからリクの居場所を教えてくれて一応ありがとう」

ソラは“一応って何だよー”と言いつつ、足早にカイリの家の方へと走っていった。

ロクサスはソラの後ろ姿を見送り、そして溜め息を吐いた。

「俺とソラって、性格は全然似てないよな……」

「そうかな?」

今だに不機嫌そうに顔をしかめているロクサスとは対照的に、ナミネは微笑んでいる。

「あいつは単純すぎる。その上お人好しすぎる。俺とは大違いだ」

「きっと、そこがソラの良い所なんだよ」

「まあ…そうなんだけど……」

「でも、ロクサスにはロクサスの良い所があるよ」

真顔でそんなことを言うナミネの視線を自分から逸らしたくて、ロクサスは闇の回廊を開いた。

「リクはレイディアントガーデンに居るって言ってたな。ナミネも一緒に来るか?」

「うん、もちろん」

デスティニーアイランドの陽が沈むのと同時に、二人の姿が闇の中へと消えた。

ノーバディの“自由”

「レイディアントガーデンって……色々なことがあった世界だよな」

闇の中を歩くロクサスは、どこか憂いを帯びた声で独り言のように言葉を紡ぐ。

ナミネは知っている。

ロクサスがこの声で何かを話すとき、彼の脳裏には過去の記憶が映し出されていることを。

「ソラがあの世界でカイリを目覚めさせるために、自らハートレスになることを選んだ。だから俺たちが生まれたんだもんな……」

抑揚の無い声で話すロクサスの隣を、ナミネは何も言わずに歩いている。

「不思議な感覚だよ。機関の任務でもなく、“ソラの一部”としてでもなく、自分自身の意志であの世界に行くっていうのは……」

“感慨深い”とは、このような感覚のことを指すのだろうか?

ノーバディとして——そして一人の人間として新しい発見をしたロクサスの前に、薄暗い景色が広がった。

闇の回廊を抜け、二人はレイディアントガーデンの城門前の広場に降り立った。

レイディアントガーデンもデスティニーアイランドと同じく、既に陽が落ちていた。

しかし、ソラがハートレスの大群と戦った当時には無かった街灯のお陰で、視界はそれほど悪くない。

この街灯は再建委員会によって新たに設置されたものであろう。

かつてはハートレスと、それを束ねる者達の巣窟であったこのレイディアントガーデンも、今では確実に過去の姿を取り戻しつつある。

「リクは城の中に居るんだったな。でも、城の中って……中のどこだろう?」

「じゃあ、私の能力で探ってみるよ。ちょっと待ってね……」

ナミネは目を閉じ、精神集中を始めた。

ナミネの能力とは“ソラと、ソラの関係者の記憶を操ること”である。

そのことはロクサスも知っていたが、ナミネがテレパシー能力を備えているということまでは知らなかった。

何かと便利な能力だな———。

ロクサスはナミネが目を開けるまでの僅かな時間、そんなことを考えていた。

「ロクサス、リクはディズ……じゃなくて賢者アンセムの部屋に居るみたいだよ」

「アンセムの部屋か。何をやってるんだろうな?」

「それは私にも分からないけど……取り敢えず行ってみよう?」

「ああ、そうだな」

ロクサスとナミネは賢者アンセムの部屋——正確には研究室に向けて歩き始めた。

研究室へと向かう途中でハートレスと遭遇するのではと思い、ロクサスは右手にキーブレードを構えた。

しかし、今日行われた『ハートレス退治作業』の賜物なのか、ハートレスの気配は一切感じられなかった。

ハートレスがいないという安心感からか、ロクサスはキーブレードを納め、ナミネと他愛の無い会話をしながらゆっくりと研究室を目指すことにした。

「さっきナミネがテレパシー能力を使うのを見てさ、便利な能力だなって思ったよ」

「便利…と言えば便利なのかな……?」

悠長に話すロクサスとは対照的に、ナミネは少し複雑そうな表情をしている。

「私が誰かの記憶を操るためには、まずその人が何処に居るかを把握しなければならないわ。だから“記憶を操る”相手が、あまりに私から離れた場所に居ると、その人の居場所が特定できないから記憶を操ることは出来ないの」

ナミネの口から聞かされる初耳の情報に、ロクサスは内心驚いた。

忘却の城の一件以降、ナミネは自分の能力を嫌悪していることはロクサスも承知している。

また、ナミネは二度と他人の記憶を踏み躙るようなことはしないと誓いを立てていることも知っている。

それため、ナミネは必要以上に自分の能力について語ることは今まで殆ど無かったのだ。

「でもね、誰かの居場所を探ることが目的でも、なるべくこの能力は使いたくはないの。やっぱり私は“記憶を操る魔女”としてではなく、普通の人間でありたいから……」

しまった———。

ナミネは今でもノーバディ——即ち“魔女”としての自分に負い目を感じていることを失念していた———。

「あ……ご、ごめん」

頭の中で後悔の念を自覚する前に、ロクサスの口からは謝罪の言葉が飛び出していた。

「そんなに謝らなくてもいいよ。今回はリクに大事な用事があるんだから仕方ないし、それにリクの居場所を探ることを言い出したのは私自身だからね」

その直後にナミネが口にした“気にしないで”という一言のお陰で、ロクサスは幾分か救われたような気がした。

「…………!?」

「この感じは……」

アンセムの研究室の入り口が見えてきた所で、ロクサスとナミネは自分達の背後にハートレス以外の『何か』の気配を感じた。

ロクサスとナミネは、咄嗟に後ろを振り返った。

クネクネとしながら蠢いている数匹の下級ノーバディ——『ダスク』が二人の目の前にいたのだ。

ロクサスは右手に素早くキーブレードを構え、ナミネに庇うようにダスク達の方へと向き直った。

「ナミネ……下がってて」

「う…うん」

ロクサスの言葉通り、ナミネは彼の背後へと身を潜める。

ダスク——かつて自分が機関員だった頃に使役していた者たち。

出来ることなら、自分の手に掛けるようなことはしたくない。

「ダスクたち……俺の声が聞こえるか?俺の名前はロクサス。元機関員のナンバー13だ」

下級のノーバディといえど、ハートレスとは異なり多少の知性は備えているはず。

そこを上手く利用すれば、無用な戦いは避けられるはずだ。

「この機関の黒いコートが、その証拠だ」

元々、今朝墓参りをするために過去の戒めとして着ることにした機関のコート。

ダスクを目の前にしたこの状況で“機関のコートを着ていること”が功を奏するとは、ロクサスにとっても嬉しい偶然であった。

「俺も、ナミネも、おまえたちと争うつもりはない」

ダスクたちは困惑した様子でその二人の周囲を徘徊している。

まるで『主人』からの命令を待っているかのように。

「人の姿をしていないノーバディ達を支配していたⅩⅢ機関はもう存在していない。だから、おまえたちはもう自由なんだ。おまえたちの好きなようにすればいい。でも、誰かに迷惑を掛けるようなことだけはするなよ?」

ダスクたちはその言葉を聞いた瞬間、揃って城の外の方へと飛び去っていった。

ダスクのくせに、何だか嬉しそうだな———。

ダスクたちが去っていく様子を見ながら、ロクサスはそう思った。

「すごいね、ロクサス。ダスクを説得しちゃうなんて」

「説得っていうか、今のダスクたちは主人をなくした野良犬みたいなものだしな。悪さをしないなら、ノーバディにだって自由になる権利くらいはあるだろ?今の俺たちみたいにさ」

「優しいね、ロクサス」

「そうかな?“優しい”っていうのとは、ちょっと違う気がするけど……」

時間が経つと、下級ノーバディはその体を維持できなくなり、最終的には闇に溶けてしまう。

それが避けられない運命ならば、せめて闇に溶けてしまうまでの僅かな間だけでも、彼らに自由というものを楽しんで欲しかった。

たとえ彼らに“楽しい”と感じる心が無いのだとしても———。

ソウルイーターの謎

「さあ、着いたぞ」

会話もそこそこに、アンセムの研究室へと辿り着いたロクサスとナミネ。

ドアノブを回して部屋の中に入ると、椅子に座って何かの書類を凝視している私服姿のリクが目に入った。

「……ロクサス?ナミネ?何でここに居るんだ?」

「いや…リクこそ……」

書類を近くの机に置き、椅子から立ち上がるリク。

何やらロクサスの服装を訝し気に見ている。

「おまえ……どうして機関のコートを着てるんだ?」

「まあ、それは色々あってね。それよりリク、ちょっと訊きたいことがあるんだ」

ロクサスは懐からトワイライトタウンで発見したソウルイーターを取り出し、事の経緯についてリクに説明した。

トワイライトタウンで自分とナミネが機関員達のために作った墓標が、何者かに破壊されていたこと。

そこでソウルイーターを発見したこと。

ナミネがデスティニーアイランドにて、黒いコートを着た正体不明の男と遭遇したこと。

リクは一通りの話を聞き終えた後、ロクサスが持ってきたソウルイーターを手に取った。

「このソウルイーターは……柄の部分に“Radiant Garden”と刻印されている以外は、俺が昔使っていたものと多分同じだな」

「まさかとは思うけど、トワイライトタウンでの犯人はリク……じゃないよな?」

「安心してくれ……と言っても説得力が無いだろうけど、誓って俺は犯人じゃない。おまえたちがトワイライトタウンに機関員の墓を作っていたということ自体、今日が初耳だからな」

「そう…よかった……」

ナミネは安堵したのか、溜め息混じりの声を漏らした。

ソウルイーターが現場に残されていた以上、少なからずリクを疑う気持ちがナミネにもあったのだろう。

「まあ、おまえたちが作った墓の中の一つにソウルイーターが突き刺さっていたのなら……俺のことを疑うのも無理はないな」

「なあ、リク。そのソウルイーターの持ち主に心当たりはないか?俺はそのソウルイーターの持ち主が犯人だと思ってるんだけど……」

いささか短絡的な推理である気もしないではないが、やはり現時点で一番怪しい者がいるとすれば、それは件のソウルイーターの持ち主だろう。

「俺のソウルイーター……いや、俺のキーブレードである“ウェイトゥザドーン”と、このソウルイーターは別物だな。“ウェイトゥザドーン”に変化する前のソウルイーターの柄には、何も刻印されていなかった。それは断言できる」

「リクは最初、ソウルイーターをどうやって手に入れたんだ?」

ロクサスがリクに尋ねた。

「俺がホロウバスティオン……いや、レイディアントガーデンに初めて流れ着いた時にマレフィセントから渡されたんだ。ソウルイーターに闇の力が宿っていることに気付いたのは、それから暫らく経ってからだったけどな」

つまり、ロクサスが発見したソウルイーターの持ち主に関しては、リクにも心当たりが無いということだ。

唯一の手掛かりと思われたソウルイーターを、ロクサスは憎々しく見つめた。

これでは、また振り出しに戻ってしまったということか———。

沈黙した空気が漂う中、リクは今自分が手にしているソウルイーターについて、奇妙な点に気付いた。

「でも、何だか妙だな。このソウルイーターの柄に刻まれている“Radiant Garden”という文字は相当擦れている。素人目に見ても、かなりの月日が経っているはずだ」

「そう言えば、何か変だよ。この世界が“レイディアントガーデン”って呼ばれるようになったのは、今から1年位前からだよね?それより前は“ホロウバスティオン”と呼ばれていたはず……」

リクに引き続き、ナミネも頭の中で疑問に感じたことを口にする。

ナミネの隣に居るロクサスにも、彼女が言わんとする事が少しずつ分かってきた。

「そのソウルイーターは刻まれている文字だけを見れば、多分だけど、かなり昔に作られたものだと思うの。もしそうなら、そのソウルイーターが作られたのはこの世界が“ホロウバスティオン”って呼ばれていた頃よりも、さらに前なんじゃないかな……?」

ロクサスには、ナミネの推理は的を射ているように思えた。

リクとナミネの意見を整理するとこうだ。

ソウルイーターの柄に刻まれている文字の擦れ方から判断するに、このソウルイーターは作られてから相当な時間が経過している。

肝心のソウルイーター自体が作られた時期はさて置き、柄の部分にある『Radiant Garden』という文字が刻印されたのは、この世界の名称が『レイディアントガーデン』から『ホロウバスティオン』へと変わる以前——言い換えれば、賢者アンセムがゼアノートの手によって無の世界へと追放される以前の時期であるという考えだ。

それらの考えを結論づけるかのように、ロクサスが重い口を開く。

「つまり、俺が見つけたソウルイーターは、今から10年以上も前に作られたもの……なのか?」

証拠は無い。

あくまで推測に過ぎない。

それでも、その場に居る三人を戦慄させるには十分な推測だった。


第4話:負の遺産へと続く

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