葛藤する心-Namine-

キングダムハーツ(シリアス系)
本作は【葛藤する心-Roxas-】の続編です。

カイリの部屋にて

ロクサスがリクに悩みを打ち明けていた同時刻———。

「じゃあ、そろそろ話してくれる…?」

「…うん」

カイリの部屋には二人の姿があった。

部屋の主であるカイリと、半透明な姿のナミネ。

「ロクサスと…何があったの?」

「何が…っていうわけじゃないの。ただ、私が悪いだけだから…」

そう、悪いのは私。

あの時は仕方がなかったのかもしれないけど、今は後悔している。

もう、取り返しもつかない——。

「…辛いことがあったんでしょう?じゃなかったら、昨日みたいに泣いたりしないよね?」

小さい子供に言い聞かせるようなカイリの言葉。

「話せば…長くなるんだけど……」

「いいよ。どんなに長くなっても」

「じゃあ、最初から全部話すね……」

私のことを。

私の“魔女”としての過去を———。

最初の記憶

白いワンピースを着た少女が薄暗い道に立っていた。

少女には自分の名前以外の記憶が無かった。

気が付いたら、その道に立っていた。

ポツンと、たった孤独(ひとり)で、誰もいない、何もない道に。

少女の腕の中にはなぜかスケッチブックとパステルがあった。

なぜ?どうして?

少女は自問してみた。

しかし、答えを知る者はいない。

少女は取り敢えず何もない道を歩いてみた。

しかし何も見えてくる気配はない。

少女の目に映るのは地平線まで続く道と、薄暗い夜空だけ。

やがて少女は歩き疲れて地面に腰を下ろした。そして空を眺めた。

星がいくつか見える中途半端な夜空。

でも、これはこれで綺麗な景色だと少女は思う。

曖昧な、景色。

「ほう、君は特別なようだ」

少女の背後に黒い服を着た男が立っていた。

「あなたは……?」

「私か?」

男は黒い服のフードを外した。

赤茶色の長髪に、切れ長の目。

「私の名はマールーシャ。君の名は何と言う?」

私の名前——私の名前は——。

「…ナミネです」

「ナミネか。いい名前だな。所でナミネよ、君は特別な存在だ。自分でそのことがわかるか?」

「どうして…私が特別なんですか?」

「君はノーバディだ。それも特殊な生まれ方をした、な」

ノーバディって……何?

「そして特別な存在である君は今まで一人だった。記憶も無いし、心も無い。そうだろう?」

マールーシャは薄く笑いながらナミネの現実を言い当てた。

「確かに私には昔の記憶がありません。でも心が無いだなんて、そんなこと……」

「『そんなことはない』…とでも?」

「………!?」

「…そうだな。確かに、あいつと同じように特別な生まれ方をした君に心が無いとは言い切れないかもしれないな」

……あいつ?

「あいつって……誰のことですか?」

「私の後輩のようなものだ。君はあまり気にしなくていい。所で……」

マールーシャがナミネに歩み寄る。

「君はこれからどうするつもりだ?」

「え……?」

「行く宛ても無く記憶も無い。唯一の慰めはそのスケッチブックだけ」

「…やめてください」

「友達もいない。知り合いもいない。君には何もない」

ナミネは手をきつく握り締め唇を噛み締める。

泣きそうな顔をしているのが自分でもよくわかる。

マールーシャが言っていることは全て事実なのだ。

彼の言うことに反論できない自分がたまらなく惨めで、そして哀しいとナミネには思えた。

「どうして?どうしてそんな酷いことを言うんですか……?」

「私は事実を述べているだけだ」

ノーバディは存在しない者。

私は存在してはいけないの……?

「孤独はもう嫌か?」

「……はい」

「ならば、私と共に来るがいい」

ナミネはそれまで伏せていた顔をハッと上げた。

マールーシャの顔からはいつの間にか笑みが消えていた。

「私には君の力が必要だ。君の『魔女』としての力がな」

「魔女…?私が……?」

「特別なノーバディが持つ特別な力。私には、いや“我々”にはその力が必要なのだ」

「何ですか?私の特別な力って……」

「それは我々のもとに来ればわかる。さあ、どうする?」

ナミネは黙り込んだ。

彼が何らかの形で、自分のことを利用しようとしている。

先程のマールーシャの物言いからしても、そのことはナミネにも何となく理解できた。

そして、目の間にいるマールーシャという男は、おそらく善人ではないということも。

「君にある選択肢は二つ」

ナミネの頬に汗が流れる。

心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。

「我々に協力するか、それとも……」

マールーシャはナミネに背を向けた。

「この何も無い狭間の世界を孤独ひとりで彷徨い続けるか」

独りで、彷徨い続ける———。

「あなたの言う計画って…何ですか?」

「善いことか、悪いことかと言えば…まあ、悪いことになるのかもしれないな…」

どうしよう。

悪いことに、ううん、悪い人に協力なんてしちゃいけない。

それくらい…私にだってわかる。

でも……。

「別に無理にとは言わん。私のことを信用出来ないならそれはそれで構わない。このまま独りでこの狭間の世界を彷徨い続けるがいい」

このまま、独りで、彷徨い続ける―――。

「ま……待って下さい!」

ナミネは、その場から立ち去ろうとしているマールーシャを引き止めた。

「何だ?」

「あ、あの……」

突然マールーシャの背後に闇色の穴が開いた。

それは果てしなく暗い洞穴だった。

全ての世界へと繋がる、闇の回廊――。

「こう見て、私も色々と忙しいのでな。言いたいことがあるのなら手短に頼む」

私は、私はもう……。

「独りは、もう嫌です……」

「どういう意味かな?」

孤独に耐えられない――。

「あなたに協力します。だから、その…独りにしないで下さい……」

マールーシャは、ニヤリと笑った。

それは、今までの薄ら笑いとは明らかに異なる、悪意が剥き出しの微笑みだった。

「その答えを待っていた」

マールーシャがナミネの手を取った。

二人の身体が、闇の回廊に沈み込んでいく——。

「歓迎するぞ、ナミネ」

それは、マールーシャの狡猾な罠だった。

ナミネの弱みにつけ込み、自分の手駒とするための罠。

マールーシャの差し伸べた手が、自分を孤独から救い出してくれるとナミネには思えてしまったのだ。

利用されるだけでも、孤独よりはいい。

ナミネは、自分自身にそう言い聞かせた。

そして、二人がその場から姿を消した———。

悔恨の念

「その後、私は忘却の城という所に連れて行かれて…私にはソラとソラに繋がる人の記憶を操る力があるということを機関の人達に教えられた」

「それが…ナミネのノーバディとしての力?」

「…うん」

私は記憶を操る『魔女』。

忘却の城で私は許されることのない罪を犯した。

人の記憶を書き換えるという罪。

人の心を踏み躙るという罪。

ロクサスがソラに戻らなければならないようにしてしまった罪。

「ソラは私がソラの記憶を書き換えてしまったということを知っても、私のことを友達だと言ってくれた。私にはそれが嬉しかった……」

「ナミネ……」

「でもね、やっぱりソラにとって一番大切な人はカイリ、あなただった。私はカイリの『影』だから…。私はカイリになりきれなかった。だからソラは私のことを忘れてカイリとの記憶を取り戻すことを選んだ……」

「ソラが…。そうだったの……」

私はこれでいいんだって思った。

誰だってニセモノの思い出よりもホンモノの思い出のほうが大切だから。

自分でそう納得しなくちゃって…思った。

私はカイリの『影』だから。

それでも……。

“目が覚めたらまた会えるって。そしたら今度はウソじゃなくちゃんと本当の友達になれる。約束しよう、ナミネ”

“その約束も忘れちゃうよ?”

本当は寂しくて、哀しくて、辛かった。

せっかくソラと友達になれたのにソラは私のことを忘れてしまう。

“記憶の鎖はほどけても記憶のかけらは消えないんだろ。約束した思い出は必ず心のどこかに残る。そう思うんだ”

私は忘れられてしまうのが怖かったんだ。

“じゃあ、約束しよっか”

“ああ、約束だ”

私にとって初めての『約束』だった。

“約束だよ、ソラ”

“約束する”

忘れられてしまうと、わかっていたけれど――。

「私がロクサスのことを知ったのは、その1年後」

その頃、ソラの記憶の再生が上手くいってなかった。

どうしてなのか、原因は私にもわからなかった。

ある日、ソラの記憶を再生させるために行動を共にしていたディズという男が、気になることを口に出した。

ソラが眠っているポッドがある屋敷の地下にて、ある推論をリクに話していたのだ。

その様子を、ナミネは陰からこっそりと見ていた。

“ソラの記憶の再生が遅れているのはおそらくソラが不完全だからだ”

“不完全?どういうことだ?”

機関の者と同じ黒いコートを着たリクが尋ねた。

“つまりだ”

赤い包帯で顔を覆っている男、ディズが答える。

“ソラの半分…ソラのノーバディが欠落しているからだろう。確証は無いが他に原因らしい原因も無い”

“…と言うことは、ソラが完全に元の状態に戻ればナミネの能力でソラの記憶はすぐに回復する…そういうことか?”

“おそらく、な…”

ソラの…ノーバディ?

“そのソラのノーバディってのは何者なんだ?”

リクがディズに詰め寄る。

“大体の調べはついている。名前はロクサス。機関の一員だ”

ロクサス…機関の一員…。

“そこで頼みがある。君にロクサスを此処へ連れてきてほしい。

“俺が?”

“ロクサスは機関の一員だ。他の機関の連中の目の届かない場所でロクサスが抵抗する、しないに関わらず無理矢理にで構わん。必ず此処へ連れてきてくれ”

無理矢理なんて、そんな…ひどい。

“ソラのノーバディか…”

“…気乗りがしないのはわかるがこれは必要なことだ。おまえにやってもらう以外に方法はない。それに相手はソラの半身とはいえノーバディだ。心を持たない脱け殻に情けは無用だ。…任せたぞ、リク”

“…わかった”

私は、見てるだけだった。

数日後、闇の力を使いすぎてアンセムの姿になってしまったリクがロクサスを連れて帰ってきた。

ナミネはまた物陰からロクサス、リク、ディズの三人の様子を見ていた。

“ロクサスはどうなるんだ?”

“こいつはソラの力の半分を持っている。最後には返してもらうさ”

最後……最期?

“哀れだな……”

“たかがノーバディだ”

たかが……ノーバディ。

私もロクサスも、たかが……ノーバディ?

ディズがコンピューターのキーボードを叩くとロクサスの姿がその場から消えた。

自分が誰であるかという一切の記憶を失い、ロクサスは偽りのトワイライトタウンに移されたのである。

「私、ロクサスのことをコンピューターのモニターからずっと見てた。ロクサスのことが何だかとても気になったの」

ごく普通の少年として、偽りの友達と共に偽りの夏休みを過ごすロクサス。

その頃、ナミネは自分がソラの記憶を繋ぎ直すのがこの上なくスムーズにいくのを感じていた。

多分このままいけばソラの記憶は間もなく元通りになる。

しかし、ソラの記憶が元通りになり、彼が眠りから覚めるということは、ロクサスの存在そのものが消えるということも意味していた。

記憶の回復と共に、ロクサスは徐々にソラへと還元されている。

そのことをナミネはソラの記憶を介して感じ取っていた。

ロクサスは私と同じノーバディ。

けれどモニターに映し出されているロクサスの表情は暖かさが溢れている。

とても、人間らしい笑顔。

ロクサスが『ソラ』ではなく、まだ『ロクサス』でいられるうちに私は彼に会いたいと思った。

「ロクサスに会えば何かが変わる…そう思ったの」

ロクサスが偽りのトワイライトタウンに移されてから3日。

ナミネはコンピューターを管理しているディズの目を盗んでロクサスの元へ向かった。

「ロクサス、覚えてるかな…。私たちが初めて会ったときのこと」

“こんにちは、ロクサス”

“え、あ……君は?”

ごめんね?いきなりで驚いた…よね?

“どうしても会っておきたかったの”

“俺に…?”

“そう、君に”

『どうしてロクサスに会いたいのか』なんて、そのときの私はあまり深く考えてなかった。

ただ、ちょっとロクサスとお話したいなって…ロクサスはどういう人なのかなって思って。

それと、ロクサスは自分のことをどう思っているのかが知りたかった。

私と同じ、特別な生まれ方をしたノーバディ。

そしてノーバディとして生まれた後の記憶さえも封印されたロクサス。

ロクサスは今、何を思い、何を求めているのか。

封じられた自分の過去について、何の疑問も抱いてはいないのだろうか。

ナミネが知りたいのはそこだった。

“私の名前はナミネ”

あなたと同じノーバディ。そして、記憶を操る魔女。

“ロクサス、本当の名前は覚えてる?”

突然、黒いコートを着た長身の男がナミネの隣に現れた。

“何をする気だ?ナミネ”

“でもこのままだとロクサスは…”

消えてしまう。

この世からいなくなってしまう。

何も知らないまま、何も思い出せないまま、消えるなんてそんなこと……。

絶対に間違っている。

私にはそう思えた。

「だから私はもう一度ディズの目を盗んで…ロクサスに会いに行った」

ディズの計画ではロクサスは何も知らないまま偽りの7日間を過ごし、そしてソラへと還元されるはずであった。

しかしⅩⅢ機関の介入により、ロクサスに僅かな変化が生じた。

自分は、本当は何者なのか。

「もしロクサスが真実を知りたいなら…本当の自分を思い出したいって気持ちがあるなら私が教えてあげなきゃって…そう思った」

“やっぱり…教えてくれないか?俺が知らなくて…君が知っていることを”

“君は…君は本当は存在してはいけないの”

何も知らない君にとって、それはあまりに残酷な真実。

“いきなりひどいこと言うな。たとえ本当でも……ひどい”

ごめんなさい、ロクサス。

ひどいよね。

ひどすぎるよね…。

“やっぱり…知らなくてもいいことなのかな”

自分が存在してはいけないなんて、誰だって認めたくない。信じたくない。

私もロクサスも……どうしてノーバディなんだろう。

どうして、生まれ落ちてしまったんだろう――。

「私はロクサスのことを救けたかった。何とかしてロクサスが消えずに済む方法を探したかった。でも、駄目だった…」

私はいつもそう。

ただ見ているだけで、何もできない。

だから、せめて信じたかった。

ロクサスがソラに戻っても、ロクサスは消えないって。

またロクサスとお話できるって。

運命の歯車は、もう誰にも止められない所まで進んでいた。

それでも二人は運命に抗おうとした。

“ロクサス、また会えるよ!その時はいっぱいお話しよう!”

私は君が消えてしまうなんて思わない。君は確かに存在していた。君には確かに心があった。

“私には君がわからないかもしれない。君には私がわからないかもしれない…!”

それでも私は信じたかった。

もう一度、君に会えると信じたかった。

君がソラに戻っても、私がカイリに戻ってしまったとしても――

果たされることのない約束になるかもしれない。

でも――

“でも、きっと!約束だよ!!”

なぜナミネはそれほどまでにロクサスのことを気に掛け、彼を救おうと必死になったのか。

確かにその感情の発端は、ソラへの複雑な想いや、同じノーバディとして親近感からだったとも言えるだろう。

しかし、そういった感情とは関係なくナミネは単純にロクサスという異性に惹かれたのかもしれない。

だからこそ、苦しむ。

「でも、結局約束は果たされたでしょ?ナミネはロクサスと再会できたじゃない」

「そうだけど……」

「…あのとき、嬉しくなかったの?」

本当はすごく嬉しかった。また会えて、本当によかったって思った。

“ね?約束通り、会えたでしょ?”

“次に会うときは、お互いに気が付かないかもしれない。ナミネは…そう言ったよね?”

私もロクサスも確かに消えなかった。

だから、また会えた。

“ノーバディは、闇に消え去る運命だと思っていたけど…”

私たちはそうはならなかった。

でも、私たちは私たち自身ではなくなってしまった。

私はそれが自然なのかな、とも思うけれど、ロクサスはそうじゃない。

ロクサスがソラに戻ったのはロクサスの意志ではないし、ロクサスは自分が自分であり続けることにこだわっていた。

自分は『ロクサス』という一人の人間でありたいと願っていた。

「ロクサスがロクサスでなくなった元々の原因は、私。私が自分の弱さに負けなければこんなことにはならなかった…」

「ナミネ……」

「私はどうすればいいの?償うこともできない。取り返しもつかない……」

ナミネの頬に涙が流れた。

カイリは何も言葉が見つからず、ただ茫然とナミネのことを見つめていた。

リクからの助言

静寂は、突然破られた。

インターホンの音によってである。

「ごめんね、ナミネ……。ちょっと待ってて」

カイリは自室を出て1階に降り、玄関のドアを開けた。

そこには、リクが立っていた。

「カイリ、体調はどうだ?」

「私は……大丈夫」

「……ナミネの方は?」

カイリは眉をひそめた。

「かなり参っているみたい……」

「そうか………」

「ロクサスは……?」

「ソラが寝ている間にいろいろ話を聞いたけど、ロクサスもロクサスでだいぶ悩んでるみたいだな」

「そう………」

カイリの様子からすると、ナミネは自分が思っている以上に悩んでいるのかもしれな――と、リクは思った。

「ちょっとナミネと話がしたいんだけど……大丈夫か?」

リクの申し出に、カイリは険しい顔をした。

今はナミネのことをそっとしてやりたいと思った。

「ごめん、リク。今はちょっと……」

「私なら大丈夫だから……カイリ」

カイリの背後からナミネの声がした。

カイリが振り向くと、そこには半透明な姿のナミネが立っていた。

「大丈夫だから………」

正直、カイリにはナミネのことが全然大丈夫そうには見えなかった。

だが、リクを玄関払いするわけにもいかない。

ナミネもこう言っているので、カイリはリクを自室に招き入れた。

ナミネ、リク、カイリはお互いに向かい合うようにして座った。

「リク、今日……ロクサスに会ったんだよね?」

ナミネが上目遣いに、リクに尋ねた。

「…ああ」

リクが頷いた。その表情には複雑な感情が滲んでいた。

「ロクサス…どうだった…?」

「俺にナミネのことを訊いてきたよ。昔のナミネのことを……」

「それで、ロクサスな何て……?」

やっぱりナミネは魔女だ、ひどいやつだ。

自分がこうなったのは、ナミネの所為だ。

そんなことをリクに言ったのだろうか。

私の大切な人は、私のことをそんな風に思っているのだろうか——。

そうなんだろうな、きっと。

私は……ロクサスにそんな風に思われても仕方ない。

嫌われても、仕方ない——。

「ロクサスは、ナミネと話がしたいって言っていた。ただ、ロクサスがナミネに何を話したいのかは……俺は聞いてない」

どうしよう。

直接ロクサスに、ハッキリ言われちゃうのかな。

“おまえのことが嫌いだ”と。

でも……その方がいいのかな。

「でも、ロクサスはナミネのことを心底恨んだりしているわけじゃないと思う。少なくとも、俺はそう思う」

「どうして……リクはそう思うの?」

「どうしても、さ」

リクは立ち上がり、窓から外の景色を眺めた。

空と海が綺麗な黄昏に染まっていた。

「ロクサスにも言ったけど……」

「…………?」

リクがナミネの方を振り向いた。

「俺はノーバディじゃないから、ナミネやロクサスの、ノーバディとしての苦悩や葛藤………そういったものはよくわからない」

ロクサスには……心があるよ。

少なくとも、私はそう思っている。

それなのに、どうして彼はノーバディなんだろう——。

あんなにも“自分”というものを持っているのに——。

「ロクサスにはナミネが必要なんだ。色々な意味で……」

「そんなこと……ないよ」

やはり、ナミネは自責の念に囚われているのであろう。

リクの励ましの言葉を聞いても、まるで上の空だ。

「……じゃあ、ナミネはこのままでいいのか?」

「え………?」

「このままロクサスに会えなくてもいいのか?」

「それは……」

本当は、ロクサスに会いたい。

また一緒にお話したり、笑ったりしたい。

でも、自分にそんな資格があるのだろうか?

「……確かに、ナミネが自分のことを許せないのはわかる。ロクサスのことで悩んでいるってこともわかる。けど、今のままじゃロクサスがナミネのことを……本当はどう思っているのかわからないままだろ?」

「でも、ロクサスは私のこと………」

「ロクサスの口から、ハッキリと何か言われたわけじゃないんだろ?」

ナミネの瞳が、窓から射し込む夕日を反射して光を放っていた。

青と赤の光。

その相反する色が、ナミネの心情を表しているようだった。

「俺は……思い込みは捨てて、自分の目で真実を見つめることも必要だと思う」

「真実………」

「ロクサスに訊いてみろよ。本当のことを」

「…………」

ナミネは俯いた。

リクの位置からだと、ナミネがどんな表情をしているのかは見えない。

「俺が言えるのはそれくらいだ。カイリ、邪魔したな」

リクがカイリの部屋を出ようとした。

「ありがとう、リク……」

リクがカイリの部屋を出る間際に、ナミネが小さな、誰にも聞こえないような小さな声でリクに礼を言った。

リクにその声が聞こえたかどうかはわからない。

でも、リクは微かに微笑んでいた。

カイリはリクを玄関先まで見送ることにした。

「ごめんね、リク。いろいろ迷惑かけちゃって……」

「カイリが謝ることないさ」

リクは照れ臭そうに頭を掻いた。

「だって……ナミネは私だし」

ナミネは、カイリのノーバディ。

それは、紛れもない事実である。

しかし、ナミネは単なるカイリの“影”というわけではない、とリクは思う。

「ナミネもロクサスも、どうしてこうなっちゃうのかな……」

「お互いに気を遣いすぎる性格だからな。すれ違いってことだろ」

「すれ違いかぁ……。辛いよね、そういうの」

「まあ、後はあの二人次第さ」

「そう……だよね。ありがとう、リク」

「それ言われるの、今日はこれで二度目だな」

リクは苦笑した。

「じゃあな、カイリ」

リクはカイリの家を後にした。

帰り道の途中、リクはディズ——いや、賢者アンセムが遺したレポートに記されていた一文を思い出した。

“ナミネはノーバディにすらなりきれずに行き場をなくした、最もはかない影なのである”

アンセムは、ナミネのことを“影”と評した。

しかし、その点についてリクは異なる見解を持っていた。

ナミネは決して“影”ではないし、行き場が無いわけでもない——。

リクは夕陽を眺めながら、そう思った。


巡り合う心-Roxas & Namine-へと続く

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