策士の過去

キングダムハーツ(シリアス系)

新たな任務

ロクサスが機関に入ってから数日が経った頃———。

ゼクシオンは指導者ゼムナスの自室で任務を言い渡されていた。

「ゼクシオン。ロクサスと共に“虚ろなる城”に向かい、城の地下に備えられたハートレス製造施設を用いてハートレス狩りをしてもらいたい」

ゼムナスは低い声でそう言った。

「ゼクシオンよ。ハートレス製造装置の発案者であるおまえならば、あの装置を完全にコントロール出来るだろう?」

「確かに、大体の操作方法は覚えていますが……あの装置で造られた人造ハートレス達をロクサスに倒させるというのが今回の任務ですか?」

「そういうことだ。単に心を集めるだけではなく、人造ハートレスの強さを制御し、ロクサスの強さの限界を計るという意味でもこれは重要な任務だ。頼むぞ、ゼクシオン」

「……了解致しました」

ゼクシオンはゼムナスに一礼し、部屋から退出した。

人造ハートレス製造装置の発案者、か———。

自分がまだ『イエンツォ』という名前だった頃、師・賢者アンセムに対して“心の中の闇を探る”という名目で、城の地下に大規模な研究施設の設立を進言したことはあった。

結果として、その研究施設は後に『人造ハートレス製造施設』と呼ばれることになったのだが———。

それにしても“発案者”という呼び方はどうだろうか——と、ゼクシオンは考える。

あの施設の設立にはゼムナス——いや、ゼアノートを含めた自分以外の5人の弟子たちも賛同していたはずだ。

“発案者”という呼び方をするならば、それはかつての自分を含めた機関の初期メンバー全員だ。

「今さら、そんなことを考えても仕方がありませんね……」

ロクサスの部屋に向かう途中で、ゼクシオンは小言のように呟いた。

後悔しても、既に遅すぎる。

“心”を失ったあの時から、自分は後悔の仕方など忘れてしまったのだから。

(線)

ロクサスの部屋の前に立ったゼクシオンは、目の前のドアをノックをした。

「ロクサス。任務です。出て来て下さい」

ガチャリという音と共に部屋のドアが開き、ロクサスが顔を出した。

「……任務って?」

「ある場所で、あなたにハートレス狩りをしてもらいます」

「……ある場所?」

「今は“虚ろなる城”と呼ばれている世界にある場所です。案内役は僕が務めます。付いてきて下さい」

ゼクシオンは片手を宙にかざし、闇の回廊を開いた。

「では、行きましょうか」

「ああ……」

ゼクシオンとロクサスは闇の中に足を踏み入れ、その場から姿を消した。

闇の中を歩く中で、ロクサスはゼクシオンの雰囲気がいつもとは少しだけ違うことに気付いた。

いつもの冷静なゼクシオンとは、何かが違う。

勿論、それは自分の気のせいかもしれないけれど。

「……なあmゼクシオン」

「どうかしましたか?ロクサス」

ゼクシオンがロクサスの方を向いた。

「いや……ゼクシオン、何かあった?」

「何か、とは?」

「何だか、いつもと違う感じがするから」

「そうですか……」

ゼクシオンはロクサスから目線を外し、前を向いた。

やはり、いつものゼクシオンとは何処か違う。

ロクサスにはそう思えた。

「今、僕達が向かっている世界は………」

「…………?」

「僕の……故郷なんですよ」

「……故郷?」

「もっとも“今の僕”には、あの世界を故郷と呼ぶ資格など有りませんけどね……」

ロクサスはゼクシオンの口調や表情に違和感を覚えた。

ノーバディに心は無い。

心が痛むということはない。

痛むような“心”など自分達には無い。

それなのに———。

自分の少し前を歩いているゼクシオンの表情は何処か辛そうな、苦しそうな——そんな顔をしている。

ロクサスには、そんな風に見えた。

“虚ろなる城”

「そろそろ到着ですよ」

二人の視界から闇が消えた。

代わりに目の前に現れたのは、赤紫色の空と、大きな城。

二人は水が逆巻く城門の前に立っていた。

「ここが……?」

「ええ。今はホロウバスティオン……“虚ろなる城”と呼ばれている世界です」

ロクサスは城門の近くから周りを眺めてみた。

市街地らしい場所も見えるが、人が住んでいる様子は全く無い。

代わりに、大小様々なハートレス達が我がもの顔で街を徘徊している。

まるで廃墟だ。

「ひどい有様でしょう?ハートレス達で溢れている荒廃した世界。昔は緑や水で溢れていた美しい世界だったのですが……」

「人の気配が……全然感じられない……」

「おそらく街の住人達の大半はハートレス達によってやられてしまったか……運良く助かった者は他の世界に流れていったか……そんなところでしょうね」

「昔は綺麗な世界だったんだろ?どうしてこんなことに……?」

「……それは、僕達のせいですよ」

「………え?」

ゼクシオンの言葉にロクサスは眉をひそめた。

「別にあなたのことを言っているわけではないのですよ、ロクサス。“僕達”とは、機関の初期メンバーのことです」

「ゼクシオン達が……?」

「まあ、正確にはノーバディになる以前の“僕達自身”ですけどね……」

ゼクシオンは赤紫色の空を眺めながら言った。

ロクサスもゼクシオン倣って空を眺めた。

雲でくすんだ赤紫色の空。

自分が生まれ落ちたトワイライトタウンの空の色とは、似ている様で何処かが違う——と、ロクサスは思った。

「さて……僕達の“任務”はこれからです。こちらへ来て下さい」

ロクサスはゼクシオンに案内されるがまま城の中へと入り、入り組んだ通路を抜け、地下エリアへと足を踏み入れた。

「ゼクシオン……この絵は?」

ロクサスは通路を抜けた先にある部屋で、壁に飾られている肖像画を指差した。

「これは……ゼムナス?」

「ええ。“昔の”ゼムナスです」

ロクサスにそう説明したゼクシオンの表情は、あまり穏やかなものではなかった。

「ゼアノート……」

「………え?」

「いえ、何でもありません。とにかく先へ進みましょう」

そう言ったゼクシオンは早足にその部屋を出た。

ゼクシオンの後ろを歩いているロクサスの耳には、先程ゼクシオンが口にした言葉が残っていた。

“ゼアノート”という言葉が———。


「ここです」

ロクサスは様々なコンピューターが並ぶ研究室のような部屋へと案内された。

「あのさ、ゼクシオン。この部屋の何処にもハートレスは見当たらないんだけど………?」

「そう焦らないで下さい。今から順を追って説明しますから」

ゼクシオンはロクサスに背を向け、コンピューターのキーボードを叩き始めた。

「ロクサス。あなたには、この研究室のさらに先のエリアでハートレス狩りをしてもらいます。それが今回の“任務”です」

「この先って……ドアが閉まっちゃっているけど?」

ロクサスの大きな機械仕掛けの扉に目を向けた。

かなり頑丈そうな造りの扉だった。

「今、ロックを解除します」

ゼクシオンがそう言った直後、鉄扉が重い音を立てながら開いた。

「ロクサス。この先では手強いハートレスが次々と出現しますが……準備はよろしいですか?」

「俺は別に大丈夫だけど……でも、ゼクシオンは?」

「僕はこの部屋で、ハートレス製造装置を操作しなければなりません」

「ハートレス……製造装置って?」

「その名の通り“無”からハートレスを発生させる装置です。あなたがハートレス達と戦っている間、僕がこの装置でハートレス達の数や強さを制御するというわけです」

「それじゃあ……俺はいつまでも戦い続けないといけないんじゃ……?」

「いえ、あなたの様子はこちらのコンピューターのモニターに表示されますから、体力の限界が来たと感じたら何らかのサインを示して下さい。僕の方で装置の稼働を停止させますから」

「あ、ああ……」

「心配しなくても大丈夫ですよ。後輩を見殺しにするような真似はしませんから」

「……わかった」

ロクサスは研究室の先へ進むと、異様に天井が高く、そして間が広い場所に出た。

この場所は、何だか闇の気配が他よりも強いような気がする———。

そんなことを考えていると自分の目の前に早速数種類のハートレス達が現れた。

「このハートレス達が……作り物……」

ロクサスの目に映っているハートレス達は、普段自分が“任務”で相手にしているハートレス達と何ら変わりが無いように見える。

「……やるか」

ロクサスは左右の手に現れたキーブレードをそれぞれ握り締め、ハートレス達に斬り掛かった。

ところが、ロクサスがキーブレードで何回も斬撃を与えなければ倒れないハートレス達がほとんどだった。

多分、今自分が相手にしているハートレス達は今まで自分が目にしてきたハートレスの中でもかなり強い部類に入る———。

そんなことを考えながらロクサスは2本のキーブレードでハートレス達を斬り伏せる。

そして、数十分後———。

「はぁっ……はぁ……」

おそらく既に200、もしくは300体ほどのハートレス達を倒したはずだが、ハートレス達は次々と出現してくる。

自分の強さには少々自信を持っているロクサスではあったが、さすがに少し疲れてきた。

「ゼクシオンも容赦が無いよな……」

ロクサスがハートレス達から距離を取り、再び左右のキーブレードを構えなおした途端、ハートレス達の動きが止まった。

「………え?」

ロクサスがそう呟いた刹那、ハートレス達がその場から消え失せた。

「ロクサス、もう十分ですよ」

ロクサスの背後から声が聞こえた。

ロクサスが後ろを振り返ると、そこにはゼクシオンが立っていた。

「“任務”は、これで完了です」

「え?俺、まだ戦えるけど?」

「いえ、いいんです。取り敢えずあなたはそれなりの数のハートレス達を倒しましたから……」

「でも……いいのか?」

「ゼムナスには、あなたは何百もの人造ハートレスを相手に奮闘したとでも報告しておきます。それに、あの装置は……」

「ハートレスを造り出す装置のこと?」

一瞬ではあったが、ゼクシオンの表情に翳りが増したのをロクサスは見逃さなかった。

「いえ、何でもありません。とにかくここを出ましょう。あなたもこんなに闇の匂いが強い場所にはいつまでも居たくはないでしょうからね」

ロクサスは再びゼクシオンの案内のもと、城の中から外へと出た。

 

 

【ゼクシオンの過去】

「なあ、ゼクシオン。ゼムナスって、昔はどんな名前だったんだ?」

「他人の名前を名乗っていた頃もありましたが、彼の本名は『ゼアノート』と言います」

「ゼアノート……」

「全ての始まりは……一体何だったのでしょうね……」

城門へと続く道を歩いている途中に、ロクサスは独り言のようなゼクシオンの言葉を聞いた。

「ゼムナス……じゃなくてゼアノートって昔はどういう人間だったの?」

「彼はあらゆる面において極めて優秀な人間でした。僕も、以前はゼアノートに憧れていた時期もありました」

「ゼクシオンが……憧れていた?」

「ああ、勘違いしないで下さい。それはノーバディになる以前の僕であって“今の”僕ではありません」

「でも“昔の”ゼクシオンが憧れたくらいなんだから、ゼアノートってよっぽど凄い人間だったんだろうな……」

「確かに、ゼアノートは類い稀な資質の持ち主でした。ですが、彼はその優秀さ故に闇に魅せられ、ハートレスとなりました」

「闇に……魅せられて?」

「ゼアノートは心の闇を探る実験の被験者に自ら志願し、そのことがきっかけとなって彼の心は闇に囚われてしまったのです。その結果として『ゼムナス』というノーバディが誕生したわけです」

「そうだったんだ……」

「そして、僕の心も同様に闇に囚われ『ゼクシオン』という名のノーバディが誕生しました」

闇に染まった心に捨て去られた、脱け殻たち———。

「あなたには信じられないかもしれませんが、ゼムナスや僕を含めた機関の初期メンバーにも人間らしい頃はあったんですよ?」

「なんだか想像できないな。特にゼムナスは……」

「今でこそ冷徹な機関の指導者という立場にいますが、闇に囚われる以前のゼアノートであった頃は、それなりに冗談も言う人でした」

「へえ。何か……意外だな」

「それはそうでしょうね」

ゼクシオンは肩越しに城の方を見た。

「この城では……本当に色々なことがありました」

「シグバールにザルディン、ヴィクセンやレクセウスも一緒だったんだろ?」

「ええ。僕達に心があった頃は、一緒に馬鹿騒ぎをしたこともありました。もう随分と昔のことですが……」

「ゼクシオン達が馬鹿騒ぎか……。何だか見てみたい気もするな」

「当時の僕にとっては……嫌なこともありましたが、それなりに楽しいと思える日々を送っていました。だからこそ、僕は“心”を取り戻したいと思っているのかもしれませんね」

「キングダムハーツが完成すれば……ノーバディは心が手に入るんだもんな」

自分達には無い心についてそれぞれの想いを巡らせながら、二人は城門をくぐった。

ロクサスは城門付近から再び城を眺めた。

「こうやって見てみると、この城って本当に大きいよな……」

「僕も子供の頃は……よくこの場所からこうやって城を見上げたものです」

「ゼクシオンも?」

ゼクシオンはロクサスの隣に立ち、彼に倣って城を見上げた。

この城門の位置からだと、城の頂上は霧のような雲に覆われていてよく見えない。

「僕が子供の頃……そう、今のロクサスよりも幼かった頃です。あの城の中には何があるんだろう?どんな人間が住んでいるんだろう?……と、そんなことをよく考えていましたね」

「……そうだったんだ」

「意外ですか?」

「少しだけ。普段は冷静なゼクシオンにも、そういう時期があったんだな……」

「まあ、あの頃の僕は本当に子供でしたし、何よりも今とは違って“心”がありましたからね」

ゼクシオンは遠くを見るような目で城の外観を眺めている。

もしかしたら、今のゼクシオンの目に映っているのは目の前にある城ではなく、過去の“自分自身”なのかもしれないとロクサスは思った。

「なあ、ゼクシオンの家って何処にあるんだ?俺、見てみたいな」

「僕の家……ですか?」

ゼクシオンは無言で市街地の方へと歩き始めた。

ロクサスはゼクシオンの後ろを付いていく途中で色々なものを見た。

今は誰も居ない商店街、寂れた公園のような場所に、おそらく街の子供たちによる壁に描かれた落書きの跡———。

「……僕に家族はいません」

歩きながらゼクシオンは静かにそう言った。

「僕が物心ついた頃には、既に孤児院のような施設に居ました。今向かっているのは……その場所です」

ゼクシオンはロクサスに背を向けたまま歩いているので、ロクサスの方からはゼクシオンの表情は窺えない。

でも———。

なんて寂しそうな背中なんだろう―――。

「僕は子供の頃からこの通りの性格でしてね。友達と呼べる者もいませんでしたし、施設の子供たちが外で走り回っているときも、一人で本を読んだりしていました」

「一人で?」

「ええ。たまに外に出てみても、先程のように城門の所から城を見上げたりくらいのことしかしませんでしたね」

「……寂しかった?」

「さあ、どうでしょうね。“心”が無い今の僕には“寂しい”という感覚がどのようなものであったかすら、うまく思い出せませんからね……」

ロクサスに背を向けたままゼクシオンは淡々と語る。

「でも、自分が満たされていないと考えたことは何度かありました。僕はノーバディになる以前は『イエンツォ』という名前でしたが、その頃から……いえ、少なくとも子供の頃に限れば僕は脱け殻のような存在だったのかもしれませんね」

「……子供の頃から?」

「でも、当時の僕は全く孤独だった……という訳でもありませんでした」

「どういうこと?」

「それは———」

ゼクシオンの言葉を、大きな咆哮が遮った。

それはハートレスのものに間違いなかった。

郷愁の念

二人の目の前にある、周りよりも少しだけ大きな家を巨大なハートレスが破壊している。

巨大なハートレス——それは『ベヒーモス』と呼ばれる大型で凶暴なハートレスであった。

ゼクシオンはベヒーモスによって壊されていく家を黙って見つめている。

「すいません、ロクサス。案内はここまでのようです」

「………え?」

「用事が出来てしまいましたから」

ゼクシオンは既に半壊している家からベヒーモスへと視線を移した。

「あのハートレスを倒します」

「え……!?でも、あのハートレス…かなり強そうだぞ」

「僕も機関の一員です。心配は無用ですよ」

ロクサスの言葉を遮り、ゼクシオンが一歩前に歩み出た。

「……だったら、俺も」

「どういう意味でしょうか?」

「いくらゼクシオンでも、あんなに大きいハートレスを一人で相手にするのは大変だろ?俺も一緒に戦うってこと」

「しかし、ロクサス。あなたは先程のハートレス達との戦いで疲れているはずでは?」

「確かに少し疲れは残っているけど、俺はまだ戦えるよ」

ロクサスの右手に黒いキーブレードが、左手には白いキーブレードが現れた。

「そもそも、ここまで案内してって頼んだのは俺だし……責任取るよ」

「そうですか。では、御協力お願いしましょうか」

ゼクシオンとロクサスが肩を並べ、ハートレスを睨み付けた。

巨大なハートレス——ベヒーモスは彼らの視線と殺気に気付いた途端、唸り声を上げながら二人に向かって突進してきた。

ロクサスとゼクシオンはベヒーモスの突進を難なく躱し、ロクサスは上空へと飛び上がり、ゼクシオンはベヒーモスの背後に素早く回り込んだ。

「はッ!!」

ロクサスは両手に握られているキーブレードを交差して、ベヒーモスの頭部に連続して斬撃を加えた。

しかし、巨体に見合うだけの生命力があるのか、相手はなかなか怯まない。

「ロクサス!そいつから離れて下さい!!」

ゼクシオンが言った通りにロクサスがベヒーモスと一旦間合いを取った瞬間、ベヒーモスを取り巻くように周囲の空間が変化した。

それは、ゼクシオンのノーバディとしての能力——幻を用いて相手を異空間に引きずり込む『幻術』であった。

ほとんど無重力感覚であるこの空間では、普段のように動くことは出来ない。

案の定、空間の中心に居るベヒーモスは藻掻くようにして足をバタつかせている。

「これでヤツは下手に身動きが出来ません」

つい先程までベヒーモスの背後に居たゼクシオンが、一瞬にしてロクサスの隣に現れた。

「ロクサス。次の一撃でヤツを倒します」

そう言ったゼクシオンの右手に、ロクサスの右手にある黒いキーブレードと同じ形の剣が現れた。

それは『幻術』によって他者の武器をコピーし、それを一時的に自分の武器として使うゼクシオンの特殊能力によるものであった。

ゼクシオンの右手に現れた得物——ロクサスの黒いキーブレードと同形の剣は青白い光を放っている。

「……凄いな、ゼクシオン。キーブレードまでコピー出来るんだ」

「感想でしたら後で聞きます。今はヤツを倒す方が先決です」

「……そうだな!!」

ロクサスとゼクシオンは、二人同時に異空間の中心で藻掻いているベヒーモスに対して飛び掛かり、ベヒーモスの急所である角にそれぞれの手にあるキーブレードで斬撃を放った。

計3本分のキーブレードによる斬撃が連続して角に命中した瞬間、ベヒーモスは叫び声を上げながら消滅し、それに伴ってゼクシオンが創り出した異空間も消えた。

「やりましたね……」

ゼクシオンの右手から、黒いキーブレードのコピーが光となって消えた。

「どうやら、あのハートレスがこの辺りのハートレス達の主のような存在だったようですね。他のハートレス達の気配も消えました……」

「俺たちのおかげってこと?」

「ええ。もっとも、そのことに喜ぶ人間……いえ、住人は今のこの街には誰一人として居ませんけどね……」

ゼクシオンはロクサスに向かって僅かに微笑んだ。

「あなたにも手間を掛けさせてしまいましたね……」

ロクサスの両腕からもキーブレードが光となって消えた。

「いや、それよりもゼクシオンの方が凄いよ。さっきも言ったけど、俺のキーブレードまでコピー出来るなんてさ」

「……大したことのない能力ですよ」

ゼクシオンは先程ベヒーモスによって壊された家に歩み寄った。

「僕一人で創り出せるのは、所詮は“幻”……ただのニセモノでしかありません」

ゼクシオンは半壊した家の前に立ち、壊れかけたドアを見つめている。

「僕一人では“ホンモノ”の存在など……何一つとして創り出せません」

「なあ、ゼクシオン。もしかしてその家が……?」

「ええ。僕が子供の頃に住んでいた家です」

「そうか……」

ロクサスもゼクシオンの隣に立ち、壊れかけた家を眺めた。

二階の部分はほとんど破壊し尽くされており、一階の方も窓は割れ、壁にはヒビが入っている。

早い話、かろうじて『家』としての跡を留めているだけであった。

「残念だったね……」

「僕には心がありませんから、別に残念だとは思っていません」

「……本当に?」

「……本当ですよ」

ロクサスが横目に見たゼクシオンの顔は、確かに無表情であった。

でも、無表情というよりも何か虚しさが漂っているような——ロクサスはそんな気がした。

「自業自得……ですかね」

「……どういうこと?」

「もう気付いているかもしれませんが……この世界に溢れているハートレス達のほとんどは、城の地下施設で生み出されたものです」

中央でイバラのような赤いラインがクロスしている、黒いハート型のマークが印されているハートレス達。

「通称『エンブレム』と呼ばれるハートレス達は、僕達が造った装置によって生み出されたものです。それが今では他の世界にまで溢れています」

「じゃあ、さっきの大きなハートレスも……?」

「ええ。生みの親はあのハートレス製造装置……いえ、僕達自身です……」

「そうだったのか……」

「全く、馬鹿げた話ですよ。自分達が勝手に造ったハートレスに家を壊されるなんて……」

「ゼクシオンは……だからあのハートレスを倒そうとしたのか?」

「さあ、どうでしょうかね」

ノーバディに、心は無い。

無いはずなのに———。

「今思えば、確かに不思議な話ですね。任務でもないのに、なぜ僕はあのハートレスを倒そうとしたのか……」

「家を壊されて、悔しいと思ったからじゃ……?」

「先程も言いましたが、別に自分が育った家を壊されたことが悔しいだとか、残念だとか、そんな風には思っていません」

ゼクシオンは小さく溜め息を吐いた。

「僕には、心がありませんから」

悔しいとは思わない。

哀しいとは思わない。

「ただ……」

「ただ……?」

「僕の中にある思い出を、『記憶』を無くしたくないと思ったのかもしれませんね……」

「……思い出?」

「ここに来る途中にも少しお話しましたが、僕に家族はいませんでしたし、よく一人で時間を過ごすことが多かったのですが……どういうわけか、僕のこと兄のように慕ってくれていた女の子がいたんです」

「ゼクシオンのことを?」

ゼクシオンは半壊した家に背を向け、近くにある公園のような場所に向かって歩き始めた。

「近所の小さな女の子だったんですが……なぜか僕のように屋内で本ばかり読んでいるような暗い人間を慕ってくれていました」

荒廃した公園。壊れかけのベンチ。噴水の止まった池。

そして、荒れ果てた花壇。

「よくあの花壇から花を何本か摘んで、わざわざ僕にその花を手渡しに来てくれて……」

「花が好きだったんだな。その女の子……」

「ええ。僕が受け取るのを断ると『お花さんが可哀相だから受け取って』…と、半ば強制的に花束を押しつけられたこともありましたね」

「……嬉しかった?」

「そうですね。当時の僕――『イエンツォ』にとってはかけがいのない、光のような存在でした……」

「光…か……」

「それで思ったんです。もし僕に『家族』が……『妹』がいたとしたらこんな感じがするのではないだろうか、と……」

ゼクシオンはロクサスの前に歩み出て、足元の荒れた花壇を見つめている。

「先ほど壊されたあの家で、その子の笑顔が見たくて柄にも無く熱心に押し花を作ったりしたこともあったんですよ?」

「押し花か……。ゼクシオンって子供の頃から器用だったんだな」

「そんな思い出の詰まった家や街を、自分達が造ったハートレス達に荒らされてしまって……いくら“任務”のためとはいえ、この世界に再び足を踏み入れるのは何となく気が進みませんでした」

この時、ロクサスは初めて合点がいった。

この世界に来る途中や、今自分が立っている場所に案内してもらう途中に、普段は冷静沈着なゼクシオンから感じた違和感の意味——その正体が。

「先ほどのハートレスを倒したいという衝動に駆られたのも、あの家と共に、僕の中にある大切な思い出を壊されたくないと……無くしたくないと思ったからなのかもしれませんね……」

「そうか……」

「自分でも不思議に思いますよ。心を持たないノーバディが、何かに躊躇したり、ましてや衝動に駆られたりするなんてね」

「あのさ、ゼクシオン。俺、思うんだけどさ……」

ゼクシオンは荒れた花壇から自分の背後に居るロクサスに視線を移した。

「俺たちはノーバディで、確かに心は無いけどさ……だからって何も感じることが出来ないってわけでもないと思うんだ」

「そうでしょうか?」

「うん。前にアクセルが言ってたんだ。『確かに自分は昔の記憶に基づいて演技をしているけど、何も感じていないわけでもないし、何も思わないってこともない』ってさ」

「アクセルが?彼がそんなことを言ったのですか?」

「ノーバディが本当に空っぽの『脱け殻』みたいな存在なら、何を感じることも、何を思うことも出来ないと思うんだ。俺は新入りだから心のこととか、ノーバディのこととか……よく分からないけど……」

「ノーバディに心は無いのですよ?」

「でも、心が無くても……」

「もういいですよ、ロクサス。あなたの言いたいことは十分に分かりました」

ゼクシオンは再び足元の花壇に視線を落とした。

「ノーバディにも、存在する意味はある。そういうことですね?」

「俺は……そう思うよ」

そう思いたい。そう信じたい。

ノーバディにだって生きている——“生命”があるから存在している。

ノーバディである自分が、胸を張って言えるような立場ではないけれど———。

「ゼクシオンはさ、キングダムハーツが完成して心を手に入れた後はどうするつもりなんだ?」

「それはまた、随分と唐突な質問ですね」

ゼクシオンはくすんだ赤紫色の空を眺めた。

この空の向こうにある何処かの世界に、彼女も居るのだろうか?

「まずは会って……謝ろうかと思っています」

「……誰に?」

「先ほど僕が言った、花が好きだった近所の女の子に、ですよ」

「何処に居るか……分かってるの?」

「9年ほど前に、当時13歳だった彼女は何人かの仲間と共に、この世界を脱出したと聞きました。ですから、今も彼女は何処かの世界で生きているんだと思います」

「9年前か……。じゃあその女の子、もう『女の子』じゃなくなってるね……」

「心を失い、僕が『ⅩⅢ機関ゼクシオン』になってから、この身体の“時”は止まってしまいました。僕の外見年齢と、今の彼女の実年齢は、大して変わらないでしょうね……」

「ゼクシオンは会いたいんだよな?その人に……」

「ええ。ですが、僕がノーバディであるうちは会えませんよ。大切なのは、彼女に“心を込めて謝ること”ですから……」

心が無ければ、後悔することは出来ない。

罪の意識も湧いてこない。

誰かに対して謝るにしても、“心”を込めなければ意味が無い。

「謝るって……何を?」

「僕の……僕達のせいで、この世界を荒廃させてしまったことを、この花壇を荒らすことになってしまったことを、です。もっとも、彼女は僕のことを許してはくれないでしょうが……」

「ゼクシオン……」

「でも、それならそれで構いません。心を再び得た瞬間から、僕は罪の意識に苛まれることになるのかもしれませんが……彼女に謝らない限り、僕は前には進めないんだとを思います」

「じゃあ、その人に謝った後は……?」

「さすがにそこまでは考えてはいませんが……おそらく、この世界の再建に尽力するのではないでしょうか?」

故郷を荒廃させた責任は取らなくてはなりませんから、とゼクシオンは言い足した。

ゼクシオンは、本当はそうすることでこの世界の人たちに、自分の“大切な人”に償いたいと思っているのではないだろうか?

ロクサスにはそう思えた。

「それから……“心から”お礼を言いたいとも思っています」

「……お礼って?」

「あの子は……孤独だった『イエンツォ』に光を与えてくれました。今の僕はもう『イエンツォ』という名前ではありませんが……ノーバディとなった今でも、あの子が与えてくれた光は僅かにですが僕の中に残っています」

「光……」

「ですから、そのお礼です」

「……会えるといいな」

「まあ、その前に心を手に入れることの方が先決ですけどね」

ゼクシオンは片手を宙にかざし、闇の回廊を開いた。

「つまらない話に付き合わせてしまいましたね」

「……そんなことないよ」

「では、本拠地に戻りましょうか。さっさと任務報告をしないとゼムナスやサイクスに苦情を言われそうですからね。ロクサス、あなたもご苦労さまでした……」

そう言ってゼクシオンは闇の中に消えた。

「謝りたい、か……」

ただ謝るのではなく、“心をこめて”謝るということは、確かに心を持たないノーバディには出来ないことかもしれない。

そして、ゼクシオンは自分が心を手に入れた後は罪の意識に苛まれることになるのかもしれない、とも言った。

「心があっても、良いことばかりじゃないのかもな………」

誰かに話し掛けるというわけでもなくそう呟いた後、ロクサスも闇の中に消えた。

《終》

あとがき

本作で述べている「女の子」とはエアリスを想定します。

キングダムハーツの世界設定だとエアリスはホロウバスティオン(=レイディアントガーデン)の出身ですし、過去にゼクシオン(=イエンツォ)と面識があっても不思議ではないかも…と思いながら本作を書きました。

そうは言っても、エアリスの件を含めて、ゼクシオンの過去話は作者の勝手な妄想なのですが。(汗)

まあ、エアリスはクラウドのような暗いタイプのキャラクターと相性が良いみたいなので、同じく暗いタイプなゼクシオンとも相性が良いのかなぁと勝手に思っています。

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