巡り合う心-Roxas & Namine-

キングダムハーツ(シリアス系)
本作は【葛藤する心-Namine-】の続編です。

大切な人に思いをせる

いつもと同じく、よく晴れた日だった。

海風が気持ちいい。

目の前にはボートを漕ぐソラの姿がある。

ロクサスはいつもの半透明姿でソラの向かいに座っていた。

「…なあ、ソラ」

「ん?」

ボートを漕ぎながらソラがロクサスの方に顔を向けた。

「ソラは…カイリのことどう思ってる?」

「え…な、何だよいきなり……!!」

ボートが少しだけ揺れた。

混乱した表情のソラをロクサスが見つめている。

「どうなんだよ?」

「え、あーっと…そうだな……大切な人、かな……?」

ソラが歯切れ悪く言った。

心なしか、顔が少し赤い。

大切な人、か———。

「大切って、どれくらい?」

「どれくらいって、そりゃあ……とても、だよ」

とても大切な人。

そこまで言い切れる“自分ではない自分”が羨ましく思えた。

もっとも、ソラを羨ましく思うのはいつものことだが。

「何だよ、ロクサス。いきなりそんなこと聞いてさ。大体ロクサスはどうなんだよ?」

「……俺?」

「ナミネのこと、どう思ってるんだ?」

少し意地悪な顔をしてソラがロクサスに詰め寄る。

「どうなんだ?ん?ん~?」

「俺は………」

ロクサスは少しだけ俯き、薄い笑みを浮かべた。

「俺には……よくわからない」

「何だよ…それ。自分のことだろ?」

そんなことはわかっている。

分かりきっている。

「ただ……」

「ただ?」

彼女の姿が頭の中に浮かんだ。

金色の髪。白い肌に、白いワンピース。碧い瞳。

とても綺麗で、少し切ない笑顔。

「……逢いたいな」

誤魔化していた本当の気持ち

いつもの島には、既にリクが来ていた。

ソラはリクに会うなり、すぐにチャンバラを始めた。

そんなソラを横目に、ロクサスは島の茂みに隠された洞窟に入って行った。

秘密の場所と呼ばれる、小さな洞窟。

その奥にある落書きだらけの岩肌と、世界の扉。

ソラ、リク、カイリの思い出がこの場所に詰まっている。

この場所から、ソラの旅は始まった。

ソラが“親友リク”を、そして“大切な人カイリ”を捜し当てた末に、自分とナミネは生まれた。

ノーバディとして、この世界には元々“存在しない者”として———。

ロクサスは扉の近くにある落書きに目を向けた。

多分ソラとカイリが描いたであろう、お互いにパオプの実を食べさせ合っている落書きがある。

パオプの実を食べさせ合った二人は必ず結ばれる。

どんなところにいても、いつか、必ず。

島の子供たちの空想から生まれた伝説。

ソラとカイリは、パオプの実を食べさせ合ったことがあるのだろうか。

だから、ソラとカイリは強い絆で結ばれている——?

岩の合間から差し込む太陽の光を受けて、ロクサスの栗色の髪が金色のように輝いている。

昔の仲間も、もういない。

皆、もう……消えてしまった。

かつてⅩⅢ機関と呼ばれた組織の、最後の生き残り。

いや、今の自分の状態を考えれば、『生き残り』という言い方は正しくない。

今存在しているロクサスは、あくまでソラの一部。

ソラの内部に、ロクサスの思念、意識があるだけ。

実体の無い、半透明な身体こそが、その何よりの証拠だ。

“ソラ……羨ましいよ”

俺は俺のままでいたかった。

消えるのは嫌だったけど、俺が俺でなくなってしまうのも嫌だった。

俺は、運命なんかに流されたくなかったんだ。

「ちくしょうっ……!!」

ロクサスが近くの大きな岩に拳を打ちつけようとした。

しかし、実体を持たないロクサスの拳は岩をすり抜けてしまった。

そのことが、悔しくてたまらなかった。

自分は、永久にソラの“影”なのか?

それ以前に、どうしてこんなことになったんだ?

そんなこと、知るかよ。

俺は俺だ。他の何者でもない、ロクサスとして——

存在、したかった———。

ロクサスは涙を流しながら岩を殴り続けた。

しかし、岩を殴ろうとするたびに、自分の半透明な手は岩をすり抜けてしまう。

この世界の形あるものに、触れることすら叶わない。

そのことが、たまらなく悔しくて、哀しい。

「ちくしょう……」

ロクサスは手を止め、俯いた。

どれだけ念じても、涙が止まらなかった。

悔しくてたまらない。

哀しくてたまらない。

どうすればいいか、分からなかった。

「……ここにいたの」

ロクサスの背後から聞き慣れた声がした。

どこか懐かしくて、そして切ない声だった。

昨日は聞けなかった、彼女の声。

「泣いて…いるの?」

ロクサスは慌てて服の袖で涙を拭った。

今の自分の顔を、見られたくなかった。

特に、彼女には———。

「…泣いてなんかない」

ロクサスは彼女に背を向けたまま言った。

彼女の立ち位置からだと、ロクサスがどんな顔をしているのかは見えないはずだった。

「……本当に?」

ロクサスは彼女の問いに答えなかった。

本当は、彼女は気付いているのだ。自分が泣いていたことに。

そして、どうして泣いていたのか、その理由にも。

「……本当は」

声が擦れるのが自分でもわかった。

「俺は、俺のままでいたかった。だから悔しいんだ……!!」

ロクサスは唇を噛んだ。

悔しい。それは事実だった。

「俺が機関を抜けたのは単に自分のことを知りたかったからだ。でも、それから色んなことがあって…まさか、自分が自分じゃなくなるなんて、その時は思ってもみなかった」

機関を裏切り、自分の過去を、真実を求めた末に、自分は自分ではなくなった。

確かに、偽りのトワイライトタウンでの生活を通して、自分の本当の過去を知ることは出来た。

しかし、その代償はあまりにも大き過ぎた。

「君に初めて会った時のこと、覚えてる。何だか、不思議な子だと思った」

初めて会うはずなのに、何だか懐かしいような感じがした。

自分とどこかで何かが繋がっているような、そんな感覚。

その時に感じたことは間違いではなかった。

自分と彼女は、同じ苦しみを知る者同士だった。

「君は俺に本当のことを教えてくれた。俺がソラのノーバディだっていうこと。ソラが目覚めるためには俺が必要だということ。それから、俺はどうなってしまうのかってこと……」

「私は、何もしてないよ。何も出来なかった……」

彼女は絞り出すように言った。

後悔の滲んだ声。

ロクサスが一昨日聞いた声と同じ声だった。

「さっきも言ったけど…」

「………?」

「俺は悔しい。自分が自分でなくなってしまったことが。どんな風に考えても俺には納得がいかない。俺がノーバディだからだとか…そんなの関係ない」

ノーバディだから、何だと言うのだ。

ノーバディが存在してはいけないなんて、何を根拠にして言っているのだ。

ノーバディは、ただの脱け殻。

ノーバディは、存在しない者。

ノーバディは、誰でもない者。

「“ノーバディだから”って一言で、俺達の存在は否定されてしまう……」

ロクサスにはそれがたまらなく悔しくて、哀しかった。

誰が言い出したのかもわからないような理屈のために、自分は自分でなくなってしまったのだろうか?

「俺さ、昨日リクに昔の君のことを訊いたんだ。本当は…寂しくて、苦しくて、後悔していた。そうなんだろ?」

「それは……」

「俺、よくわかるよ。俺も、君と同じだから」

「ロクサス……」

ロクサスは彼女の方を振り向いた。

その瞬間、彼女の――ナミネの頬に涙が一筋流れた。

「ナミネがソラの記憶を書き換えたせいで俺の存在は消えることになった。君は俺にそう言ったけど…俺にはよく分からなかった。俺はナミネのことを……本当はどう思っているのか」

「私のことは……許せないでしょ?」

「それさえも、俺には分からなかった。気持ちの整理がつかなかった。ただ……」

どうしてなのか、自分でもわからないけれど。

「君に、逢いたかった———」

別々の心が溶け合う時

ナミネなら、自分のことをわかってくれるかもしれない。

理解してくれるかもしれない。

もしかしたら、そんな風に思ったのかもしれない。

「君に会って、話をしたら何か変わるんじゃないかって……」

二人の間に、沈黙した空気が流れた。

やがて、ナミネが口を開いた。

「私ね、あの時またロクサスに会えて良かったって思った。でも…時間が経つにつれて、本当にこれで良かったのかなって思うようになった」

ロクサスは生き生きとしているソラやリクを羨望の眼差しで遠くから眺めていた。

そのことをナミネは知っていた。

その度に、ナミネは胸が締め付けられるような気がした。

「ロクサスは…本当は今の自分に満足してないってことは前から知っていた。でも、そのことを口にするのが怖くて……私、ずっと訊けなかった」

「……何を?」

「ロクサスは……本当は“今の自分”を、どう思っているのかってこと」

「……………」

ナミネが薄々察していた通り、ロクサスは現在の自分自身、自分の在り方に悩んでいた。

それは即ち、自分――ナミネの過去の過ちがロクサスを苦しめているということ。

「私はソラの記憶を書き換えてしまった。そのことがロクサスの存在を消すことに繋がってしまった。だから……私は………」

「ソラの記憶を書き換えてしまったのは……どうして?」

「それは……」

「何か理由が……あったんだろ?」

ナミネは目を瞑り、過去に思いを巡らせた。

今も脳裏に焼き付いたままの、何も無い狭間の世界。

世界に自分しかいない、あの孤独。

「私が…自分の弱さに負けたから……」

「……弱さ?」

目をきつく閉じたままのナミネは、過去の事情を話したくはないと言った様子だ。

ロクサスにはそう思えた。

「……ナミネ。もしかして俺には話したくないようなことなのかもしれないけど、頼むから教えてほしい。もしナミネが言ったように俺の存在が消えることになったきっかけを作ったのがナミネだというのなら、俺はその理由を聞かないわけにはいかない」

「……………」

「知りたいんだ。本当のことを」

ロクサスは知りたかった。

ナミネの真実の過去と、自分の存在が消えることになった真実の理由を。

たとえ、ナミネを追い詰め苦しめるようなことになったとしても、これだけは譲れなかった。

自分のルーツを、有耶無耶うやむやにしてはおけない。

だから、知らないわけには、いかなかった。

「怒ったりしないから……話してほしい」

「ロクサス……」

ナミネは意を決し、目を開いた。

「私がノーバディとして生まれ落ちた世界は、何も無い、誰もいない狭間の世界だった……」

うん、とロクサスが優しい声で相槌を打った。

「いくら道を歩いても何も見えてこなくて……寂しかった。それに苦しかった。どうして私はこんなに孤独なんだろうって……そう思った」

「……………」

「孤独(ひとり)はもう嫌。そんなふうに思っていたとき、あの人が現れた……」

「……あの人?」

「機関の、マールーシャという人」

「そうか、マールーシャが……」

「マールーシャは私に、自分達の計画に協力してくれって言った。でも…自分達のもとへ来なければ、私は永久に狭間の世界を彷徨い続けることになるって言われて………」

「……………」

「たぶん、マールーシャは善い人じゃないって、本当はその時に思った。でも…駄目だった。断れなかった。もう、孤独に耐えられなかった……」

いつの間にか、ナミネの目には涙が浮かんでいた。

「それで私、誰かに利用されるだけでも……孤独よりは良いって思えちゃって、それで……」

「……それで?」

ロクサスは険しい表情をしていたが、彼の声は優しく穏やかだった。

「マールーシャに忘却の城という所に連れていかれて、ソラの記憶を書き換えるように命令されて…言うことをきかないと、いつまでも城の奥に閉じ込めるか、もう一度狭間の世界に放り出すって言われて、それで……」

「……結局、機関の言う通りにしてしまったんだな」

ナミネの目から涙がとめどなく溢れた。

後悔や、哀しみや、色々な感情を含んだ涙だった。

「ごめんなさい、ロクサス。私のせいで……ううん、私さえ最初からいなければ」

「もういいよ」

ロクサスの声は優しかった。

なぜなら、ナミネへの怒りや恨みなど、微塵も無かったからだ。

「もう、いいから……」

ロクサスはナミネの涙を、丁寧に指ですくいとってやった。

綺麗な涙だな——と、ロクサスは思った。

「……俺も」

「………?」

「最初は孤独だった。ナミネみたいに何も無い世界じゃなくて、俺はトワイライトタウンに生まれ落ちた。でも、俺には昔の記憶が無かったし、当然そのときは友達も知り合いもいなかった。正直、心細かったよ」

何も知らず、何もわからず。

世界そのものから疎外されたような、あの感覚。

それは今でも、苦い記憶としてロクサスの中に残っていた。

「俺を孤独から救けてくれたのは、皮肉な話だけど…機関の指導者——ゼムナスだった。俺は本当の自分のことを知りたくて、キングダムハーツがあれば真実を知ることが出来るっていうゼムナスの誘いに乗って機関に入ったんだ」

「本当の、自分のことを……」

「俺はナミネを責める気にはなれないし、そんな資格もないよ。俺だって、機関のやっていることが世界を乱す行為だってことはわかっていた。でも、俺は本当の自分のこと一刻も早く知りたいと思って——自ら率先して、機関の任務をこなしていた」

「ロクサス……」

ロクサスは俯き、少し声を小さくしながら言った。

「その結果、俺の知らないところで不幸になってしまった人も……いたんだと思う」

「でも、それはロクサスだけの責任じゃ……」

「でも、俺にも責任があるのは明白だよ。急ぎすぎて……止まれなかった。自分で自分を、止められなかったんだ」

それが、俺の罪。

決して消えることのない、罪——。

「独りぼっちの孤独、俺にはよくわかる。俺もナミネも、誰も孤独には克てない。だからお互いに過ちを犯してしまった」

「どうすれば私は罪を償えるの?そのやり方が…わからないの……」

ロクサスかナミネの肩に手を置いた。

「何度も言うようだけど、俺は悔しい。俺がノーバディであること、俺が俺でなくなってしまったこと。とても悔しい。でも、こんな風にも思うんだ。これは、俺にとっての罰じゃないかって」

「どうして……ロクサスが罰を受けなければならないの?」

「自分のことしか考えないで、機関の一員として世界の秩序を乱して……沢山の人達を不幸にしてしまった。その報いさ……」

「そんな……」

「こうやって運命を相手にずっと悔しがることが……もしかしたら俺にとっての罰なのかもしれない」

「でも、私はともかく、そんなこと……哀しすぎる」

哀しくても、悔しくても、どうにもならないこともある。

ロクサスとナミネはそのことをよく知っている。

「それと、もう一つだけナミネに訊きたいことがあるんだ」

ナミネの目の前にロクサスの青い瞳がある。

あまりに真剣なロクサスの眼差しにナミネは動揺した。

「ナミネは……本当は俺のこと、どう思ってる?」

「本当に、ロクサスにひどいことをしたと思ってる。許して…なんて言えないけど、ごめん。本当にごめんなさい……」

ナミネは両手で顔を覆い、小さな声で言った。

「いや、そうじゃなくて」

ロクサスはナミネの両肩に置いた手に力を込めると、少しだけ大きな声で言った。

「ナミネの過去とか、罪とか、そういうのとは関係なく……俺のこと、どう思ってるんだ?」

どこか優しく、それでいて真剣な声だった。

ナミネは目の前にいるロクサスの瞳から視線を外した。

「私は………」

本当は———

「逢いたかった」

ナミネは少しだけ頬を赤く染め、小さな声で、しかしハッキリと言った。

「本当は、またロクサスと一緒にお話したり、笑えたり出来たらいいなって……そう思ってた。私にはそんなことを願う資格なんて無いけれど……」

「そんなことない」

しかし、ナミネは下を向きながら首を横に振った。金色の髪が顔に掛かっていて、ロクサスからは彼女が今どんな表情をしているかは見えない。

「ナミネ、こっちを向いて。俺の目を見て」

ナミネは恐る恐る顔を上げた。目の前にロクサスの青い瞳がある。

「俺はナミネと一緒に居たいんだ。一緒に居られれば……それだけでいい」

「私のこと……許してくれるの?」

ナミネは目を潤ませながら言った。

ロクサスはうん、とかぶりを振った。

「俺の方こそ、許してほしい。一昨日いきなりナミネに怒鳴っちゃっただろ?だから……ごめんな」

「……ロクサスが謝ることないよ」

ナミネの言葉を聞き、ロクサスはふっと息を吐いた。

「俺たち……孤独じゃないよな?」

「…うん。私にはロクサスがいるから」

お互いにあまり意識していなかっただけで、二人には以前から切っても切れない絆があったのだ。

その絆が生まれたのは必然だったのだろうか?

それとも偶然だったのだろうか?

多分、偶然と必然の両方から二人の絆は生まれたのだろう。

「それとさ……」

「………?」

「一昨日ナミネは……俺は、ナミネのことをどう思っているのかって訊いたよな?」

「あ………!!」

途端にナミネの顔が真っ赤になった。

「そ、それはね、ロクサス……」

「さっきは“ナミネと一緒に居たい”って言ったけど…まあ、もちろんそう思ってるんだけど、ちょっと遠回しな言い方だったかな……」

「と、遠回しって……?」

一昨日のロクサスとは逆に、今はナミネの方が混乱していた。

「いや、もっとストレートに言った方が良かったかなって思って……」

ロクサスの顔も少しだけ赤くなっていた。

「俺は、ナミネのこと……」

今言わずに、いつ言うんだ。

今まで言えなかった俺の気持ちを今日こそ、今こそ———ナミネに伝えたい。

「好きだ」

ロクサスは真摯な声でそう言うと、ナミネことを自分の方に抱き寄せた。

そして、ナミネの耳元でこう囁いた。

「好きだから……ずっとこうしたかった」

触れたナミネの身体は温かくて、彼女は確かに存在するということをロクサスに実感させた。

「今の俺には身体が無い。だから、今の俺に触れることが出来るのは世界中でナミネだけだけど……俺はそれで十分だ」

「ロクサス……!!」

嬉しさと感激のあまり、ナミネの頬に涙が一筋流れた。

後悔や哀しみの感情を含んでいない、透き通るように綺麗な涙だった。

「ナミネは……こうされるのは嫌?」

「嫌じゃないよ。これは嬉しいから……涙が出るの」

「それなら…よかった」

二人は無言でお互いの顔を見つめ合った。

切ない気持ちになった。

目の前にいる相手のことが、たまらなく愛しい———。

二人とも心臓が高鳴っているのが自分でもわかった。

「ナミネ………」

「私もロクサスのこと、好き。大好き……」

ロクサスはナミネに顔を近づけ、そしてナミネは静かに目を閉じた。

次の瞬間、二人の唇が触れ合った。

触れた唇は温かくて、少しだけ甘い味がするような、そんな気がした———。

奇跡が起きた瞬間

ロクサスとナミネは手を繋いで秘密の場所から出た。

陽が暮れかかっていて、辺りは黄昏色に染まっていた。

「俺さ……」

「ん……?」

「上手く言えないけど……俺はナミネに逢えて、良かったと思ってる」

ロクサスは海を眺めながら言った。

今はやけに波の音が心地よく思えた。

「私も……ロクサスと逢えてよかった」

ナミネの笑顔はとても穏やかだった。

どこか切ないような所はあるけれど、その表情に以前のような翳りはなかった。

ロクサスもナミネも、もう孤独ではない———。

「おーい、ロクサスー!帰るぞー!」

二人から少し離れた場所で自分を呼ぶソラの姿が見えた。

「さあ、帰ろう?」

「……うん。明日もいっぱいお話しようね」

ロクサスとナミネはソラ、リク、カイリのもとへと歩いていった。

「よし、家に帰るぞ。ロクサス」

「ああ」

しかしロクサスがいくら念じても、ロクサスの意識はソラの内部には戻らなかった。

「……どうしたんだよ、ロクサス?」

「何だか…いつもと違う感じがする」

いつもの半透明な身体にも違和感があった。

半透明な身体——半透明?

「待てよ…ロクサスの身体、いつもみたいに透けてなくないか?」

いち早くロクサスの変化に気付いたリクが、冷静な口調で言った。

「そう言えば俺の身体…透けてないな。どうしてだ?あ、そうだ!ナミネは?」

ロクサスはナミネの方を振り向いた。

そこにあったのは、やはり半透明ではないナミネの姿。

その様子を見て、静かにリクが口を開いた。

「ロクサスもナミネも実体を持ってしまったから、元の存在に戻れなくなっている……ということか?」

その場の5人は考え込んだ。

「どうしてかわからないけど…今の俺とナミネは実体を持って存在している。ということは、つまり……?」

「私たちは……私たち自身として存在している……?」

ナミネが結論づけるように言った瞬間、ロクサスが飛び上がった。

「やったな、ナミネ!何でなのかわからないけど、俺たち、確かに存在してるぞ!!」

「そう……みたいだね」

満面の笑みを浮かべているロクサスとは対照的に、戸惑いながらナミネが言った。

ソラ、リク、カイリの3人は、ロクサスの満面の笑みとその喜びように圧倒され、その場に立ち尽くしていた。

やがて、ソラが尻込みながらも口を開いた。

「なあ、ロクサス。それからナミネも…一体どうしちゃったんだ?変なものでも食べたのか?」

「変なものなんて、食べてないはずだけど……」

未だ喜びを隠せないロクサスに代わってナミネが答えた。

「意識だけの身体が実体を持つようになるなんて……奇跡としか言いようがないな」

リクも珍しく驚いた顔をしながら静かに言った。

「奇蹟か……ああ、そうか」

「何か思い当たる節でもあるのか?ロクサス」

何か含みがあるような言い方をしたロクサスにリクが尋ねた。

「いや、どうだろう。やっぱりよくわからない、かな……」

ロクサスの表情は晴れ晴れとしていた。

今までこんなに嬉しくて、喜ばしいことが他にあっただろうか。

ロクサスもナミネも、誰かの一部としてではない、『本当の自分』を手に入れたのだ。

「奇跡があったんだとしたら、それは———」

「え、ロクサス?今何か言った?」

今自分が言ったことは風に流されて、ナミネには聞こえなかったようだ。

「今何か言ったでしょ?何て言ったの?」

「ん?ああ…秘密だ」

「もうっ…教えてくれたっていいじゃない……」

少しいじけたようにナミネは言った。

「じゃあ、そのうち話すよ」

「もう……約束だよ?」

「ああ……約束する」

二人は笑顔で指切りした。

二人にとって初めての指切りだった———。

「ロクサスもナミネも、俺たちのこと忘れてない?」

「いいじゃない、ソラ。今は二人だけにしてあげようよ」

「ソラとカイリも、いつもあんな感じだよ。俺が見ている前でな」

「そ、そんなことないってリク!!何言ってんだよ!?」

「はは。ソラ、顔赤いよ」

「違うって、カイリ。これは、だから———」

奇蹟があったのだとしたら、それは———俺とナミネが出会ったこと。

そして———今、俺の隣にナミネが居るということ。

《終》

あとがき

ここまで読んで下さった方、お疲れさまでした!

そしてこんな稚拙な一連の話を最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございました!!

私はⅡのエンディング観賞中、確かに感動はしたんですけど、ロクサスとナミネは果たしてこれで良かったのだろうか?という疑問を抱いたんですよね。

だって、ロクサスもナミネも本体に還元されて、“個”としての自分を失ってしまった訳ですし。

ロクサスなんて、ソラとの同化を明確に拒んでいる描写もありましたし。

故郷のデスティニーアイランドに無事帰れたソラ・リク・カイリにとってはハッピーエンドだけど、ロクサス・ナミネにとってはある意味ではバッドエンドにも見えました。

そんなこんなで「ロクサス&ナミネには幸せになって欲しい!」という気持ちのもとで、今回の小説執筆に踏み切りました。

本作のラストでロクサスとナミネは実体を持って存在することになりますが、これには管理人なりのゲーム本編に基づいた(?)根拠があります。

その辺りの別の小説や続編(?)の方で明らかにする予定なので、もうしばらく管理人の拙い文章に付き合って頂けたら幸いです!

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