すれ違う心-Roxas & Namine-

キングダムハーツ(シリアス系)
【ご注意】
本作は「キングダムハーツⅡ」が発売した直後(2006年)に執筆したものです。

そのため、続編・外伝である「Ⅲ」や「358days」のストーリー設定は反映されていません。

過去の記憶

“彼に会ってきた”

“彼は君によく似ている”

機関の指導者――ゼムナスはそう言った。

俺に、似ているだって?

俺とアイツの、一体どこが似ているんだ?

“決めたのか?”

“なぜキーブレードが俺を選んだのか…それが知りたいんだ”

キーブレード———。

俺の運命を狂わせた、鍵型の剣。

ノーバディとして生まれ落ちた時から、俺はキーブレードと共に在った。

“機関には刃向かうのかよ!?”

ごめん、アクセル。

それでも俺は、真実を知りたい。

たとえ、誰に何を言われたとしても。

“なぜだ!?なぜ、おまえがキーブレードを!?”

“……知るか!!”

摩天楼で遭遇した、銀髪の男——リクが叫ぶ。

そんなこと、こっちが訊きたかった。

キーブレードを扱う条件とは、強い心の持ち主であること。

ノーバディに、心は無い。

だったら、なぜ自分はキーブレードを使えるのか?

それを知りたくて、俺は期間を抜けたんだ———。

存在しない者たち

「ん………」

曖昧な夢を見ていた途中で、ロクサスは目を覚ました。

いや、この場合はソラが目を覚ましたからロクサスも目を覚ました、と言ったほうが正しいだろうか。

「夢…か……」

ソラが機関の指導者——ゼムナスを打ち倒してから1ヶ月が経っていた。

ソラとリクは故郷であるデスティニーアイランドへと帰還し、カイリと共に今では穏やかな日常を過ごしている。

その“日常”を、ロクサスは傍観者という立場で見ていた。

現在のロクサスは、ソラの内部に意識だけの形で存在している。

ナミネもまた、同様の状態でカイリの内部に存在している。

ノーバディとしての肉体を失い、精神だけの状態になって本体へと回帰したためである。

ⅩⅢ機関はロクサスを除いた全員が倒され、消滅した。

だが、機関員の中ではロクサスだけが自我や意識を失うことなく、現世に存在し続けていた。

それが幸福なことなのか、それとも不幸なことなのか、ロクサスには分からなかった。

ノーバディとして完全なる消滅を免れたことを、良しとするべきなのか否か———。

そんな自問自答を行うようになったのは、ここ最近のことであった。

それだけに、過去の記憶を思い出させるような夢は、ロクサスの気分を憂鬱にさせた。

「どうして今さら…昔の夢なんか…」

いつもの島——本当からは離れた小島——で、いつもの三人組が遊んでいる。

その傍らで、ロクサスは意識だけの半透明な姿となってソラから離れ、浜辺から少し離れた桟橋に腰を下ろした。

ソラたちがこの島で遊ぶ時は、彼らが遊んでいるのを眺めたりしながらナミネと会話することがロクサスの日課になっていた。

ロクサスはソラからある程度以上離れていない距離ならば、ソラの内部から抜け出して意識だけの半透明な姿で行動することが出来る。

この時のロクサスの姿は、一部の人間にしか見ることが出来ない。

そして、触れることも出来ない。

自分と同じく、消滅を免れたノーバディである彼女——ナミネを除いては。

ナミネもまた、ロクサスと同じ原理でカイリから離れて行動することが出来る。

「ナミネ、早く来ないかな……」

今の自分に唯一触れることの出来る少女を心待ちにしながら、ロクサスは呟いた。

「おはよう、ロクサス」

「ナミネ」

待ち望んだ少女の声が聞こえ、ロクサスは顔を上げた。

薄い金色の髪を風になびかせながら、ロクサスの隣にナミネが立っていた。

「ロクサス、どうかした?」

「え……?」

「何て言うか、いつもと少し雰囲気が違うから……」

ナミネがロクサスの隣に座った。

青く澄んだ瞳とは裏腹に、その表情には戸惑いが浮かんでいる。

「昨日の夜、昔の夢を見てさ……」

「昔の夢?」

「うん。俺が機関にいたときの夢。どうして今さら…って朝起きた時に思ってさ」

ロクサスは浜辺で遊んでいるソラたちをぼんやりと眺めながら言った。

「それで、どうして俺はノーバディなのかな…とか、どうして俺は今ここにいるのかな……とかって考えてた」

昨晩の夢。

誰もが話すであろう、些細な出来事。

そんな話題について、ロクサスは何気なく言ったつもりであった。

だが、ふとナミネの方を向くと、なぜかナミネは思い詰めたような表情で宙を眺めていた。

「ナミネ?どうしたんだ?」

「ねぇ、ロクサス。私、ずっと前からロクサスに訊きたいと思っていたことがあるの。」

「訊きたいこと?」

「ロクサスは………」

ナミネの真剣な表情に、ロクサスは緊張と不安を感じた。

「ロクサスは私のこと……どう思ってる?」

「え……!?」

それは、あまりにも唐突過ぎる質問であった。

少なくとも、ロクサスにはそのように思えた。

ナミネからの質問――その意図について考えた瞬間、ロクサスの頭の中はかつてなく混乱した。

どうって、どういう意味だ——?

俺がナミネのことを、どう思っているのか……って意味なのか———!?

「…正直に言ってくれていいよ」

「え、あ…いやっ……」

これは、ナミネのことを異性としてどう思っているのか――という意味なのだろうか。

そのように解釈して、答えるべきなのだろうか。

そういった意味では、勿論、ナミネのことは———

「…酷い奴だって、思ってる?」

「………は?」

あまりにも予想外な、ナミネの言葉。

衝撃のあまり、ロクサスの頭の中は真っ白になった。

「ナミネ……?」

「ロクサスは、今の自分に満足している?」

「え………?」

今の自分———。

それは、一体どういった意味なのだろうか?

ふと、ロクサスは自分の両手を見た。

そろそろ見慣れてきた“半透明な自分の手”がそこにはあった。

「本当は、そんな姿になりたくなかった……そうでしょう?」

「…ナミネ?」

ナミネは少しだけ涙声になっていた。

決して聞き違いなどではない。

ロクサスには、そのように感じられた。

「…ロクサスがソラに戻らなければならなくなったのは、ソラの記憶の再生が上手くいってなかったから」

「ああ、それは知っているけど……」

「そもそも、ソラの記憶の鎖を解いてしまったのは私。だから、私が………」

「それは………」

自分に対して、ナミネは何を言おうとしているのか。

その内容について、薄々だが読めてきた。

そして、それはロクサスにとって決して好ましい類の話ではなかった。

「私が……私さえ最初からいなければ、ロクサスはこんなことには———」

「もういいよ!!」

自分でも思っている以上の声量だった。

普段あまり耳にすることのないロクサスの大声に、ナミネは驚いた。

しかし、そんなナミネをよそにロクサスの勢いは止まらなかった。

「どうしてそんなこと言うんだよ!?自分が“最初からいなければ”なんて!!」

考えるよりも先に、言葉が口から出た。

その瞬間、頭の隅で“やってしまった”とロクサスは思った。

だが、もう遅い。

「でも、私は……私のせいでっ——!!」

ナミネは目に涙を浮かべたまま立ち上がり、そのままどこかへ走り去っていった。

「待てよ!ナミネ!!」

ロクサスはナミネの名前を叫びながらも、その場から動くことが出来なかった。

なぜか、咄嗟に追いかけようとすることが出来なかった。

妙に足が重い。

なぜそのように感じるのか、自分でも分からなかった。

「ナミネ………」

先ほどナミネが言った言葉――“今の自分に満足している?”という言葉———。

その言葉を反芻はんすうし、ロクサスは改めて考えてみた。

自分の境遇——自分の存在——自分の気持ちについて。

考えて、考えて、そして自分の中でそれなりに納得する思考がまとまりつつあった。

確かに俺は――今の自分に満足してる訳じゃない。

出来ることなら『ソラ』としてではなく———

俺は“俺自身”として――『ロクサス』として生きたかった。

でも———。

そこまで考えて、ロクサスは空を見上げた。

今のロクサスの複雑な心情とは裏腹に、どこまでも澄みきった青空だった。

その青さが、今は無性に腹立たしく思えた。

でも、仕方がないじゃないか——。

ノーバディは、いつか闇に消え去る運命なんだ——。

俺もナミネも——完全には消えずに、今もこうして存在しているだけで十分に幸せじゃないか———。

もう既に消えてしまった、あいつらに比べれば———。

ロクサスの中で、昔の仲間たち——機関のメンバーたちのことが思い浮かんだ。

心に捨て去られ、脱け殻となり、光にも闇にも受け入れらずに、存在すること自体が罪であると位置付けられた者たち。

ノーバディとは“存在しない者”——“存在を許されない者”———。

きっと俺は、こうなる運命だったんだ。

俺がノーバディとして生まれた時から、決まっていた運命——。

———運命だって?

“運命だろ、多分”

“運命か…そういうものには逆らいたくなるぜ”

ロクサスは、偽りのトワイライトタウンでのサイファーとの会話を思い出した。

あの時、何気なく口に出した“運命”という言葉。

そんな言葉に、今になって苦しめられることになるとは。

結局、俺はどうしたいんだろう———?

どうなるのが一番いいんだ———?

なあ、どう思う———?

「ナミネ……」

俺は、本当は運命なんかに———

運命なんかに、流されたくなかったんだ———。

無力感に打ちひしがれて

ロクサスのもとからナミネが走り去っていってから、どれくらい時間が経っただろうか。

辺りは少し薄暗くなってきていたが、ロクサスはいまだに自問自答を繰り返していた。

「心があると、こんなに悩むものなのかな…」

ナミネと同様に、ロクサスはノーバディとしては特殊な存在であった。

ロクサスはノーバディでありながら心を持っている。

いや、正確にはそれは心ではなく心のような『別の何か』であるのかも知れない。

「心、か……」

長年に渡り、心に関する研究を行っていた賢者アンセム。

そして、その研究を引き継いだアンセムの弟子——ゼアノート。

彼らがいない今となっては、ロクサスの持っている“心”が、本当に“心”と呼べるような代物なのか否か——それを判別することは出来ない。

普通の“人間の心”と同じモノであるのか?

それとも厳密には“心”とは呼べない別の類のモノであるのか?

それは永久に謎のままである。

「どうして俺、ナミネにあんなこと言っちゃったんだよ……」

ロクサスの心の有無、そして、その真偽はともかく———。

ロクサスは嬉しいと思うこともあれば、哀しいと思うこともある。

ノーバディであるロクサスにも、普通の人間が言うところの『感情』は間違いなく備わっていた。

そして、ナミネもその点においてはロクサスと同じであった。

「心があったって……」

何も出来ないじゃないか———。

機関の目的は、心を手に入れて“完全な存在”になることだった。

なのに、何だよ———。

何だよ、“完全”って———。

何だよ、“心”って———。

俺は、“完全”でも何でもない———。

好きな子が苦しんでいるのに、何も出来ないのだから———。

何も、出来やしない———。

尽きない苦悩

「ロクサス…どうしてるかな……」

ナミネは、カイリが離れ小島に乗ってきたボートの中で蹲っていた。

ナミネもまた、ロクサスと同様に自問自答を繰り返していた。

「いくらロクサスが優しくても…私がしたことは……」

決して許されることではない、とナミネは思っていた。

たとえロクサスがナミネを責めなくとも、ナミネはそれで良しと出来る性格ではなかった。

苦しい——。

私は、一体どうすれば——。

ロクサスへの想いと、自分が犯した罪に対する意識。

その狭間でナミネは揺れていた。

「ナミネ?どうしたの?」

ナミネのもとへカイリがやって来た。

「カイリ……」

夕陽を後ろにして立っているカイリは、いつもよりも幾分顔色が悪いようにナミネには見えた。

「ちょっと体調悪いから、今日はもう帰ろうかと思って」

「そう……」

カイリはナミネの顔を見た。

ナミネの顔には、いつもとは違う深い翳りがある。

それは決して、夕陽のせいではない——と、カイリは感じた。

「それより、ナミネは一人で何してたの?ロクサスと一緒じゃなかったの?」

カイリがそう言った瞬間、ナミネの目から涙が溢れた。

「ナミネ?どうしたの……!?」

「カイリ…私…私どうすればっ……!!」

堰を切ったように、ナミネはわぁわぁと声を上げて泣き出した。

当然のことながら、突然の出来事にカイリは困惑した。

「今は何があったのかは訊かないから、今日はもう帰ろう?……ね?」

燃えるような夕陽が、カイリの姿と半透明なナミネの姿を照らし出していた。

自分が自分であるために

“俺の心は俺のものだ!”

かつて『ソラ』に戻る直前に、自分で言った言葉。

ノーバディである自分を嘲ったディズ——いや、賢者アンセムに向かって、魂を絞り出すかのような勢いで言い放った、羨望と怨嗟を含んだ言葉。

自分が自分であることに固執していた時のことを、ロクサスは思い出していた。

俺がこうなった原因を作ったのが、ナミネの仕業なのか——?

でも、それは本当にナミネだけの責任なのか——?

実際のところ、ロクサスはナミネの過去について詳しくは知らなかった。

忘却の城で機関の——いや、マールーシャの命令でソラの記憶を書き換えた——という概略しか知らないのだ。

俺が知っているナミネのこと以外に、何か他のことが起きていたのか——?

直感的にだが、その『何か』がナミネを苦しめているのだとロクサスは悟った。

ロクサスが知らない、ナミネの葛藤や悔恨。

そういった類の感情が、ナミネ自身を苦しめている——と。

それと同時に、もし自分がナミネにそのことを尋ねたとして、そう簡単にナミネが答えてくれるだろうか——とも思った。

あんなに辛そうな表情(かお)したナミネ、初めて見た——。

ロクサスは、ナミネが自分のもとから走り去っていったときのことを思い出していた。

後悔や哀しみが混じり合った、見ている方が辛くなるような表情だった。

涙を流すのを躊躇っているようにも見えた。

どうして、あんな大声を出す必要があったんだよ——。

どうして、もっと気の利いたことをナミネに言ってやれなかったんだよ——!!

“確かに、我々に心は無い”

“だが、心を傷つける方法ならいくらでも知っている”

不意に、昔サイクスが自分に——いや、ソラに向かって言い放った言葉が、ロクサスの脳裏を過った。

これじゃあ、昔の俺のままじゃないか——。

ただのノーバディと、何も変わらないじゃないかっ——!!

「ナミネ……!!」

俺、君に謝りたいよ——。

ちゃんと『ごめん』って言った後で、君が泣いた本当の理由を訊いて——。

それから———。

「明日…会えるかな?」

ロクサスは夕陽が沈みかかった空を眺めながら、そう呟いた。

「ロクサスー!帰るぞーっ!」

少し遠くの方で、ソラが自分を呼んでいる声が聞こえた。

どうやら、ソラとリクは、今日はもう帰ることに決めたらしい。

カイリがいない所を見ると、彼女は一足先に帰ったのだろうか、とロクサスは思った。

ナミネと一緒に———。

「ああ、今行くよ」

ロクサスは平静を装って、ソラの方に歩いていった。

その様子に、ソラは何の疑問も抱かなかった。

だが、リクはいつものロクサスとは違う、普通の表情の裏に隠された翳りを見逃さなかった。

「帰ろう………」

ロクサスはこの日、眠れぬ夜を過ごした———。


葛藤する心-Roxas-へと続く

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