葛藤する心-Roxas-

キングダムハーツ(シリアス系)
本作は【すれ違う心-Roxas & Namine-】の続編です。

尽きない悩み

ロクサスとナミネの関係に不和が生じた翌日——。

カイリは、いつもの島には現れなかった。

「カイリなら、昨夜から体調が悪いから今日は家で休むってさ」

リクはソラにそう説明した。

「カイリ今日は来れないのかぁ。じゃあさ、リク!久しぶりに二人でチャンバラしない?もちろんキーブレード同士でさ!!」

「望むところだ、ソラ」

ソラとリクがキーブレードで打ち合いをしている間、ロクサスは小島の桟橋に腰かけた。

そして、一人で海を眺めていた。

いつもの通り、自分の姿は半透明だ。

もう慣れたはずなのに、今日はやけにそれが哀しい——と、ロクサスは思う。

だって、今日はナミネが傍に居ないのだから。

そのように思う反面、今は一人でいたいから有難い——ともロクサスは思っていた。

仮に今、ナミネに会ったとしても、彼女に何をどう話したら良いのか分からなかったからだ。

本当に、どうすれば良いのか——まるで分からなかった。

「俺は、一体どうするべきなんだ……?」

ノーバディとは、存在しない者。

俺は、存在しない者。

ナミネも、存在しない者。

存在しない者がいくら考えたところで、何の結論も出ないのだろうか。

「どうして俺、ノーバディなんだろう……?」

心が無いから——?

姿形は、人間と変わらないのに——。

感情だってあるのに——。

涙だって、流すのに——。

「ナミネには、心があるのかな……?」

だからナミネは苦しんでいるのか——?

じゃあ、俺は——?

自分ことすら分からないから、相手のことを理解できないのか——?

そもそも、よく考えたら俺ってナミネのことを何も知らないな——。

ナミネの過去も、ナミネが俺のことをどう思っているのかも——。

ナミネは俺が消えたことを——いや、正確には消えなかったけど——。

俺が俺として存在しなくなったのは、自分のせいだと言った——。

だとしたら、ナミネが今苦しんでいるのは俺のせいなのか——?

でも、俺が何をしたんだよ——。

むしろ、犠牲者は俺の方なのかな——?

俺には、分からない——。

ナミネのことも、俺自身のことも——。

何もかも、いくら考えたって分からないことだらけだ——。

そのような思考を繰り返す度に、ロクサスの精神は疲弊していった。

その疲労が限界に達した瞬間、ロクサスは眠りに落ちていた。

最初の記憶

“俺、どうなるんだろう”

“消え…て……闇に…………”

それは“ソラ”という名前の少年が、ホロウバスティオンと呼ばれる世界で自身の心を解放した時だった。

心と肉体が分離する刹那、ソラは意識が遠退いていく旨の言葉を呟いた。

その僅か数瞬後——。

白い服を着た少年が、夕暮れの街——トワイライトタウンの街頭に立っていた。

全く見覚えの無い、少年が知らない街だった。

いや、少年は自分が誰であるのかも知らないし、分からなかった。

そう、自分の名前以外———。

取り敢えず、少年は街の中を歩いてみることにした。

その途中、少年は取り巻きを連れて歩く白いコートを着た少年や、とても仲が良さそうな三人組を見かけたりした。

何れも、年の頃は自分と同じくらいであるように見えた。

だが、街のどの住人を見ても、やはり見覚えは無かった。

「……………」

少年はどのくらい歩き回っただろうか。

疲れたので足を止め、ふと空を眺めた。

とても綺麗な赤——黄昏色だった。

歩き回って、結構時間が経っているはずなのに、なぜこの町は夕暮れのままなのだろう?

ちと、少年は不思議に思った。

しかし、そういった時間の概念すら、少年にとっては知る由も無かった。

少年は、まさに孤独だった。

自分が居る此処が、何処なのかも分からない。

今、何時なのかも分からない。

自分が、誰なのかも分からない。

何もかもが、分からない。

そんなことを考えている時だった。

「ほう、君は特別なようだ」

「え………?」

急に自分の後ろから声が聴こえてきた。

少年はすかさず、そちらの方を振り向いた。

そこには黒いコートを着た長身の男が立っていた。

男の顔はフードに隠されていてよく見えない。

「おまえは?」

「脱け殻」

「………は?」

この男は何を言っているんだ——と、少年は思った。

男はほんの少しだけ笑っているようだった。

「いや、これが本来の姿か……」

男は自嘲するように言った。

少年は、益々訳が分からない——と思った。

「よく分からないけど、さっきあんたが言った…俺が特別ってどういうことなんだ?」

「完全ではない、ということだよ」

「…意味が分からない」

男の謎めいた言い回しに少年は段々と苛立ってきた。

「君には、特別な力があるはずだ。君だけの力が……」

「さっきから…冗談のつもりなのか?」

突然、男の手から光球が放たれた。

その瞬間、少年の両腕に大きな鍵型の剣のようなものが現れた。

少年は反射的に両腕の鍵剣で光球を弾いた。

「いきなり何するんだよ!!」

「ほう、『それ』が君の力か。意外だな」

少年の右手には黒い鍵のような剣が、左手にも白い鍵のような剣が握られていた。

「あれ?何だ、これ……!?」

「キーブレードだ」

男が静かに言った。

「キー……ブレード?」

「そうだ。選ばれし者だけが扱える神器。ならば、君はキーブレードに選ばれし者のノーバディなのか?」

「…ノーバディ?何のことだ?」

「…フム。まだ、全てを知らないようだな」

少年は男に、“ノーバディ”という言葉の意味を尋ねた。

自分のことを知りたかったからだ。

「ノーバディとは、心に捨て去られ脱け殻となった者。私も、君もノーバディだ」

「…何を言っているか、よく分からない。じゃあ、キーブレードってのは何だ?」

「…文字通り『鍵』だ。それも、伝説のな」

「伝説の…鍵……」

少年は自分の手の中にある『鍵』について考えてみた。

いつ、何処で手に入れたのか。

なぜ、自分の手元にあるのか。

しかし、いくら考えても答えは出なかった。

少年には記憶が無いのだから、答えなど出るはずがなかった。

「そう言えば、あんた…名前は?」

「そんなものに意味は無い」

「…どういうことだよ」

少年は男に詰問した。

名前に意味が無いとはどう言うことだ、と。

しかし、少年は逆に男から問い返された。

「君はどうだ?本当の名前を覚えているのか?」

名前——俺の名前は———。

「…俺はロクサス」

「それは“今の名前”だろう?私が訊いているのは君の“本当の名前”だ」

「そんなこと言われても…俺の名前はロクサスだ。そのこと以外、何も覚えていないんだ…」

ロクサスは怖かった。

そして、寂しかった。

自分の名前以外、何も知らない自分自身が恨めしかった。

「覚えてない…か。ならば我々のもとへ来ないか?」

「え………?」

「我々はかつて失った心を求めて活動している。君は普通のノーバディとは少し違うようだが、不完全な者であることに変わりはない」

「…不完全?俺が?」

「君には“君自身”だった頃の…いや、昔の記憶が無いのだろう?」

「だから、俺は不完全だって言うのか?」

そうだ、と男は答えた。

ロクサスは眉をしかめた。

キーブレード。ノーバディ。記憶。そして、心——。

何もかも、わからないことだらけだった。

「キングダムハーツが完成すれば、君も私も完全な存在となることが出来る」

「キングダム…ハーツ?」

「大いなる世界の心。我々ノーバディに救済をもたらす存在だ」

「よく分からないけど…そのキングダムハーツがあれば、俺は記憶を取り戻せるのか?」

「キングダムハーツは知識の宝庫でもある。その扉を開けば、君の記憶に関する手掛かりを知ることも可能となるだろう」

「記憶の…手掛かり…」

「我々は心を得ることで完全な存在となることが目的だが、君にとっての“完全”とは、君自身の記憶取り戻し、そして理解することだろう?」

「…………」

「ロクサスよ。我々のもとへ来い。もしかすると、いつか“本当の君”にも会えるかもしれないぞ?」

「俺は……」

知りたい——。

自分が誰なのか、何者なのか——。

なぜ、俺には記憶が無いのか——。

なぜ、俺はキーブレードを使えるのか——。

「…わかった。あんたに協力する」

「歓迎するぞ、ロクサス」

「…で、あんたの名前は?いい加減、どう呼べば良いのか教えてくれ」

男は深く被っていたコートのフードを取った。

男の髪は銀色の長髪で、その素顔はロクサスが思っていたよりも若かった。

「ゼムナス、と呼んでくれ」

「それが“今の”あんたの名前なんだな?」

「…そういうことだ」

こうしてロクサスはNo.13として機関に入った。

その先に待ち受けている運命など、何も知らないまま——。

親友との出会い

機関の本拠地がある『存在しなかった世界』は、未完成の月——キングダムハーツとネオンの光があるだけの薄暗い世界だった。

存在しなかった世界にやってきた初日、ロクサスは黒い機関のコートを着て、散歩がてら街を歩いていた。

「よお」

「………?」

「おまえ、新入りだろ?…ということは、No.13か?」

ロクサスは赤い髪の青年に声をかけられた。

青年はロクサスと同じ機関員の服装をしていた。

そして、ロクサスはその姿に見覚えがあった。

ロクサスがこの世界に来る以前、トワイライトタウンの時計台で一緒にアイスを食べた男だ。

「おまえも、機関のメンバーか……」

「そう。おまえの同僚ってワケだ。あぁ…先輩って言った方がよかったか?」

「…名前は?」

「アクセル。No.8だ。記憶したか?」

「…ああ。記憶したよ。アクセル」

初めてアクセルに会った時から、ロクサスはアクセルのことを不思議な奴だと思っていた。

ノーバディなのにアクセルには心がある。

根拠など無いが、なぜかそんな風に感じていた。

ロクサスが機関に入って少し経った頃、ロクサスはアクセルに尋ねてみた。

「なあ、ノーバディには心が無いんじゃなかったのか?」

「そりゃあ…ノーバディだからな。おまえも知ってんだろ?」

「俺にはアクセルに心が無いようには見えないんだけどな…」

「そりゃあ勘違いだ」

アクセルは何ともないように笑った。

「これは心がある演技だよ。昔の記憶に基づいて、それらしく振る舞っているってワケだな」

「…そういうものなのか?」

「まあ、俺が“俺自身”だった頃は、こんな感じだったってことだな。まあ、他の連中はどうだか知らねぇけど」

「じゃあ、アクセルは本当は何も感じないし、何を思うこともないってことなのか?」

「あぁ、それなんだけどな……」

アクセルは急に真剣な顔つきになった。

「実を言うと、そこら辺のことは俺にもよく分からねぇ。心が無いのならロクサスの言う通り何も感じず、何も思わず…ってのが正しいんだろうけどよ。実際はそうでもない」

「そういうものなのか?」

「おうよ。俺だってあれこれ考えて、判断して、そんで行動している。苦手な奴だっている。例えば、サイクスとかな」

それは初耳だ、と少しだけ感心しながらロクサスは考えを巡らせた。

心について。そして、記憶について——。

「まあ、アレだ。どうしても気になるってんなら、ゼムナスとかヴィクセンあたりに訊いてみろや。色々と知ってそうだからな」

「…ゼムナスはともかく、ヴィクセンに訊いたら何かの実験台にされそうだな」

「そりゃ言えてるな」

二人は声を出して笑い合った。

ノーバディといえど、笑うことは出来る——。

ロクサスはそう思った。

「ソラ」という名前

ロクサスは、機関内でもかなりの実力者であった。

ロクサス自身にその自覚は無くとも、機関に加入してから数週間が経つ頃には、ロクサスの実力は機関内に知れ渡っていた。

機関のメンバーに課される任務のほとんどは、キングダムハーツ完成のために心を集めるといった類のものである。

それらの任務に関して、ロクサスは適任であると言えた。

ロクサスは行く先々で、二刀流のキーブレードでハートレス達を斬り伏せた。

機関内でNo.13であるにも関わらず、ロクサスに一目置く者は多かった。

そして、新入りのロクサスが機関の生活にも慣れてきた頃。

「やるじゃ~ん、ロクサス!」

「何だよ、デミックス」

No.9であるデミックスは一応ロクサスの先輩ではあるのだが、戦闘能力に関してはロクサスの方が格段に上だった。

「今日はどれくらいハートレス斬ったんだ?」

「数えてないよ、そんなの」

ロクサスはキーブレードでハートレスを斬り伏せる度に、なぜ自分はキーブレードに選ばれたのだろうと思っていた。

キングダムハーツが完成すれば、その謎も解ける——。

そんな淡い期待に反して、ゼムナス曰く“キングダムハーツが完成するのは当分先になる”とのことであった。

だからこそ、ロクサスは積極的に機関の任務をこなしていた。

しかし、そのようなロクサスの努力と比例するようにして、自分自身に対する疑念と興味は日を追うごとに強くなっていった。

そんな悶々とした感情が勢いを増してきた、ある日のこと——。

ゼムナスから機関の全メンバーに召集命令がかかり、円卓の間で一同が会した。

その場で、機関メンバーのうち6人が『忘却の城』という場所に派遣されるということがゼムナスから告げられた。

さらに、その『忘却の城』の管理責任者として、ロクサスと同様に機関内では新参者の部類に入るNo.11であるマールーシャが選ばれた。

その会合が終わった後、ロクサスはアクセルに声を掛けた。

「なあ、アクセルも忘却の城に行くのか?」

「ああ。ゼムナスからの直接命令だからな。仕方がねぇわな」

「…大変だな」

「まあ…確かにな」

ゼムナスによると、機関の本拠地に残る側のメンバーには継続して心を集める任務を課すとのこと。

その一方で、忘却の城に赴くメンバーは心と記憶に関する研究を行うらしい。

どうやら、キングダムハーツの完成を早めるための措置らしい。

「その上、俺のところに極秘任務がきちまってよ」

「極秘任務?」

「まあ…それは俺が帰ってきたら話すわ。じゃあな、ロクサス」

こうして機関の内、6人が忘却の城へ赴いた。

それから程なくして、なぜかゼムナスも姿を消した。

そこからさらに数週間が経った頃、ようやくゼムナスが帰ってきた。

そして、こう言った。

「キーブレードの勇者に会って来た」

ロクサスはまさか、と思った。

でも、そんなはずはない——とも思った。

自分がノーバディとしてこの場に存在している以上、“かつての自分”は現在ハートレスと化しているはず。

よって、ハートレスがキーブレードの勇者であるはずがない、と。

あくまで、これは自分の憶測に過ぎない——。

そのように思い、ロクサスは敢えてそのことはゼムナスに深く追及しなかった。

それから更に数か月が経ったある日、アクセルが帰ってきた。

驚いたことに、忘却の城から帰還したのはアクセルだけであった。

円卓の間における、突然の緊急召集——。

「アクセル。何があったのか話してもらおう」

機関内ではゼムナスの補佐役のようなポストに就いている男——サイクスが口火を切った。

「忘却の城で、マールーシャはキーブレードの勇者であるソラを利用して機関の乗っ取りを画策した」

「乗っ取りだと?一体、どうやってだ?」

「研究の被験者であるナミネの能力を用いて、だよ」

ソラ——そして、ナミネ。

どちらもロクサスが知らない人物の名前だった。

「俺はゼムナスから事前に言われていた通り、裏切り者が出た場合、そいつを始末することを最優先で行動した」

「裏切り者の始末、だと…?」

「そうだよ、サイクス。だから俺は、マールーシャと、マールーシャに加担していたラクシーヌの始末を試みた。だが……」

「だが?」

「ヴィクセンがマールーシャに腹を立てて暴走した上に、ソラに滅ぼされちまった。それで、それがきっかけとなってマールーシャとラクシーヌもソラに滅ぼされた。要するに俺の出番は無かったって訳だ」

アクセルは表情ひとつ変えることなく、皆に事情を説明した。

「じゃあ、レクセウスとゼクシオンはどうしたんだ?…ってハナシだ」

今度は機関の古株——No.2のシグバールが口を開いた。

「あいつらは城の地下担当だ。城の地上で暴走したヴィクセンは別として、ずっと地上で行動していた俺には詳しいことは分からねぇ。だが、レクセウスもゼクシオンも滅ぼされた。それは確実だ。」

「滅ぼされた…だと?何者にだ?」

No.3のザルディンが、荒々しい口調でアクセルに尋ねた。

「リクって奴だ。とてつもねぇ闇の力を持ってる」

「…では、ソラとナミネ、そしてそのリクという奴は、その後どうなったんだ?」

再びサイクスがアクセルに尋ねた。

“おまえは一体何をしていたんだ”——と、言わんばかりの厳しい口調だった。

「それは分からない」

「何だと?確認してこなかったのか?」

「城の管理責任者であるマールーシャや、レクセウスみたいな猛者を滅ぼしちまったような奴らだぜ?俺一人で奴らに挑んでも分が悪いのは目に見えてる」

「直接戦わずとも、相手の一部始終を確認することくらいは出来たはずだろう」

「いやいや、そんな簡単に言うなよ。それよりも、この件について一刻も早く機関に伝えなければ…と思って、こうして大急ぎで帰ってきたんだよ」

「アクセル、貴様……」

「俺、どこか間違っているか?」

サイクスは何か言いたそうにしていたが、結局のところ招集会はそこで解散ということになった。

その様子を見ていて、ロクサスは奇妙な感覚に襲われていた。

忘却の城から帰還したのがアクセルだけだから——ではない。

アクセルが口に出した“ソラ”という名前——。

その“ソラ”のことが、ロクサスはなぜか気になって仕方がなかった——。

真実を希求する意志

ある日、ロクサスはゼムナスに声を掛けた。

そして、彼が会ってきたというキーブレードの勇者について尋ねてみた。

「知りたいか?」

「ああ……知りたい」

「なぜだ?」

「なぜって…俺もそいつもキーブレードを使える。だったら…そいつは俺に関係があるかもしれない。そうだろ?」

「そうか…それもそうだな…」

ゼムナスは逡巡した素振りを見せた後、再び口を開いた。

「ならば、今夜私のところへ来てくれ」

そう言い残し、ゼムナスは闇の中に消えた。

一体、何だよ——。

ここじゃ話せないようなことなのか——?

この時、ロクサスにはゼムナスの真意が全く読めなかった。

しかし、予感はあった。

今夜、自分の知らない真実が明らかになる——。

そんな気がしたのだ。

そして、その晩にロクサスがゼムナスのもとへと向かおうとした時——。

「なあ、ロクサス」

「アクセル…」

ロクサスの前にアクセルが現れた。

「気になるのか?本当の自分が」

「…ああ」

「まあ、おまえには昔の記憶が無いワケだから…そりゃ当然か」

「今は、一人にしてくれるかな」

「…そうか。わかった」

アクセルはロクサス言葉に頷き、その場から姿を消した。

闇の回廊を通る途中、アクセルはこう思った。

ロクサスは“ソラ”に会えるのだろうか——。

もし会えたのなら、その時ロクサスは何を思うのだろうか——。

そして、どうするのだろうか——と。


ゼムナスは、闇の世界の薄暗い海岸にいた。

ロクサスはゼムナスの気配を辿り、その海岸の砂浜へと降り立った。

「待っていたよ」

「…ああ」

俺は、知ることが出来るのだろうか——?

本当の自分を——。

自分自身のことを——。

「彼に会ってきた」

「彼……?」

「彼は君によく似ている」

「誰なんだ?そいつは」

「キーブレードの勇者。彼の名前は……」

俺の、本当の名前は———

「…ソラ」

「そいつが、俺の……」

「そうだ。ソラが“本当の君”だ…ロクサス」

アクセルの報告を聞いた時から、そんな気がしていた。

自分と“ソラ”との間には、何らかの縁がある。

それも、とてつもなく重い縁が——。

「知っていて…俺に黙っていたのか?」

「黙っていたわけではない。君が望まない限り、私が君にそのことを教えることに意味は無いと思っただけだ」

ソラが、キーブレードの勇者——。

もう一人の、俺とも呼ぶべき存在——。

「そうか……」

「君とソラは、極めて特殊な存在だと言っていい」

「一体、何が特殊なんだ?」

「ソラは、かつてハートレスになったが今は人として存在している」

「ハートレスから…人間に戻るなんて可能なのか?だって、ハートレスは見境なく心を求める怪物なんだろ?」

「だから、私は“特殊な存在”と言っているではないか」

「だったら、俺は何がどう“特殊”なんだ?」

「ロクサス、君にはノーバディとしての特徴があまり見られない。その点において、君は普通のノーバディとは異なる存在だと言える」

「それは…どうしてなんだ?」

「それは私にもわからん」

「なあ、あんたは昔、心の研究をしていたんだろ?本当にわからないのか?」

「ああ、残念ながらな。だからこそ、その謎を解き明かすためにも、我々にはキングダムハーツが必要なのだ」

普通のノーバディとは異なる、か——。

つまり、俺は“普通”じゃないということか——。

「わかった。教えてくれてありがとう、ゼムナス」

「キングダムハーツを完成させるためには、君の力が必要不可欠だ。これからも頼んだぞ、ロクサス」

その後、ロクサスはゼムナスと共に『存在しなかった世界』へと帰還した。

ロクサスは自室へと戻り、窓から見えるハート型の『月』——キングダムハーツを眺めながら、ゼムナスの言葉を反芻し続けていた。

ソラ——。

キーブレードの勇者——。

本当の俺——。

「一体、どんな奴なんだろう……?」

鈍く光るキングダムハーツに向かって、ロクサスは呟いた。

だが、キングダムハーツは何も答えない。

大いなる心——全てのノーバディに救済をもたらすと信じられている『月』。

あんなものに縋っていること自体、おかしなことではないのか——と、ロクサスは思った。

俺は、知りたい——。

自分自身のことについて、知って確かめたい——。

誰かが語る言葉によってではなく、自分自身の目と耳で知りたい——。

そのような強い衝動が、ロクサスの中に芽生え始めていた。

否、それは“衝動”ではなく、もはや“決意”と呼んでも差し支えなかった。

勢いのままロクサスは自室を飛び出し、アクセルのもとへと向かった。

もっと、ソラに関する情報が欲しかった。

「アクセル」

「あ?どうした?ロクサス」

「忘却の城でソラに会ったんだよな?」

「…ああ」

「ソラ…どんな奴だった?」

一体、どんな奴なんだ——?

ソラって、どんな奴なんだ——?

「あいつは…おまえによく似ている」

まあ、それは当たり前だよな——。

だって、“ソラ”は俺なんだから——。

「ゼムナスも同じこと言ってたよ。みんな知ってるのに教えてくれないなんて、人が悪いよな」

「悪いな、ロクサス。おまえ、もしかしたら知りたくないんじゃないかって思ってよ…」

「…どうかな」

それでも真実を知ってしまった以上、俺の進む道は決まっている——。

他に選べる道なんて、あるはずがない——。

その翌日、ロクサスは自らに課された任務を放棄した。

そして、自分の意志の赴くままに摩天楼の下を歩いていた。

「…決めたのか?」

「なぜキーブレードが俺を選んだのか…それを知りたいんだ」

ごめんよ、アクセル——。

キーブレードは、ソラを選んだ——。

ソラは俺だけど、俺はソラじゃない——。

俺の名前はロクサスで、ノーバディだ——。

心なんて、無いはずなのに——。

それなのに、俺はなぜキーブレードを使えるのか——。

その理由を、確かめずにはいられない——。

「機関に刃向かうのかよ!?」

「それでも…俺は知りたい。キングダムハーツに真実を教えてもらうんじゃなくて、ソラに会って真実を見極めたい」

「ロクサス…」

「…ごめん」

「組織を敵に回したら、生き残れないぞ」

わかっているよ——。

でも、俺はそれでも構わない——。

だって、俺は——ノーバディは——存在してはいけないのだから——。

「…誰も悲しまないさ」

「俺は……悲しいな」

アクセルの言葉を聞いた瞬間、ロクサスは走り出していた。

その途中、ロクサスは自分が泣きながら走っていることに気付いた。

ノーバディには、心なんて無いはずなのに——。

自分の泣き顔を少しでも誤魔化したくて、ロクサスはコートのフードを深く被った。

夢からの目覚め

雨が降りしきるネオン街を歩きながらロクサスはハートレスに囲まれた。

「ソラは何処だ?」

馬鹿だな、俺。

ハートレスがそんなこと知るわけないじゃないか。

ハートレス達を斬り伏せていくなかでロクサスは摩天楼の屋上に何者かの気配を感じた。

強い、光と闇の匂い。

いや、どちらかというと闇の匂いの方が強い……か?

ロクサスは彼に向かってキーブレードを投げ付けたが、彼はそれを何事もなかったかのように手にしている。

こいつもキーブレードを使える。

まさか、こいつがソラ?

「おまえは何者だ?」

「…答える義務はない」

キーブレードを手にしたまま自分と同じ服装をした銀髪の男が斬り掛かってきた。

銀髪の男は強かった。

しかしロクサスが勝てない相手ではなかった。

そして何より、ソラに会う前にやられてしまうわけにはいけない、とロクサスは思った。

キーブレードに握り締めたロクサスの渾身の一撃に銀髪の男は倒れた。

勝った……。

「なぜだ!?なぜおまえがキーブレードを!?」

それを知りたくて俺は機関を抜けたんだ。

それなのになぜおまえは俺の邪魔をする?なぜおまえはキーブレードを使える?

そんなこと、訊きたいのは俺の方なのに。

「……知るか!!」

ロクサスは銀髪の男に止めを刺そうとした。

しかし、その一撃は彼に弾き返された。

とてつもない闇の力だった。

何が起こったのかよくわからないまま、ロクサスは意識を手放した。

目の前に誰かいる。誰だ……?

「ロクサスはどうなるんだ?」

「こいつはソラの力の半分を持っている。最後には返してもらうさ」

待てよ。何の話だよ……?

「哀れだな」

「たかがノーバディだ」

その言い方はやめろ。

ノーバディだから何だって言うんだ。

ノーバディだって………。

俺だって………。

存在、したい———。

ちくしょう———。

「……くしょう」

「目が覚めたか?」

「……リク?」

ロクサスの隣にはリクがいた。

少し辺りが薄暗くなっているところを見ると、自分が結構な時間眠っていたことにロクサスは気付いた。

「…ソラは?」

「そこで寝てるよ。チャンバラで疲れて昼寝なんて、ソラもまだまだ子供だな」

ソラはロクサス達の近くの浜辺に大の字になって寝転んでいた。

“ソラ…羨ましいよ”

「ロクサス。ナミネと何かあったのか?」

リクからの突然の質問にロクサスは驚いた。

「リク…気付いてたのか?」

「昨日の帰り際に見たロクサスは少し様子が変だったし、今日も今日で何だか沈んでるみたいだしな」

「…………」

沈んでるみたい、か……。

「珍しくケンカでもしたのか?」

「ケンカ……なのかな」

ロクサスは切なそうに水平線を眺めた。

青い空、青い海。

景色はこんなにも綺麗なのに。

“私のせいでっ……!!”

「俺でよかったら相談に乗るけど?」

「リク……」

二人の間に暫く沈黙した空気が流れた。

やがてロクサスは口を開いた。

「リクは…昔ナミネと一緒に行動していたこともあるんだよな?」

「……?まあ、そうだな。って言ってもディズも一緒だったから三人だな。忘却の城を出た後からだから…大体1年くらいの間か」

「その間さ…ナミネは何か言ってなかったか?」

「何かって?」

「その…忘却の城にいた頃のこととか、ソラの記憶を書き換えたこととか……」

違う。

俺が本当に訊きたいのはそんなことじゃない。

「辛いとか、寂しいとか……」

「…確かに、ナミネはソラの記憶を書き換えたことについては本当に後悔していたみたいだったな。よく『ソラに申し訳ない』みたいなことを言ってたからな」

リクは表情を険しくしながら言葉を続けた。

「でも、ナミネが『辛い』とか『寂しい』とか、そんな弱音を吐くのを聞いたことは…少なくとも俺はないな」

「そうか……」

「…聞いたことは、な」

「…………?」

「ナミネって、思っていることが結構表情(かお)に出るんだよな。もともと責任感が強いからなのか、それともソラに対する罪悪感からなのか…俺は多分その両方があるからナミネは弱音を吐けずにいたんだと思う」

「うん……」

「それで行き場を無くした感情が表情に出る。ナミネの口じゃなくて目が……『哀しい』って言ってるんだ」

ナミネの笑顔はいつでもどこか憂いを帯びているような……顔は笑っていてもナミネ自身は何処か笑っていない部分があるような―――。

とても綺麗で、少し切ない笑顔。

「昨日ナミネがさ、俺が俺として存在しなくなったのは自分のせいだって言ったんだ」

「それは…ロクサスが今はソラとして存在していることを言っているのか?」

「うん…。ナミネ、そのことに責任感じてるみたいでさ」

「ロクサスは…そのことについてナミネを恨んだりしてないのか?」

「何言ってるんだよ、リク。俺は………」

ナミネを恨んだりなんかしてない。

ナミネはただ機関に利用されていただけじゃないか。

「俺は………」

本当に?

ナミネが機関の言うことを聞かなければよかっただけの話じゃないのか?

ナミネは人の記憶を書き換えることが善いことなのか、悪いことなのかも判らなかったのか?

「俺には…よくわからない」

「もしナミネのことを少しでも憎いと思うなら…」

「…………?」

「ナミネのことを憎むくらいなら……俺を憎んでくれ」

「…リク?」

「ロクサスがソラに戻らなければならなくなった間接的な原因がナミネなら…直接的な原因は俺とディズだ」

「…リク」

「この際だから正直に言う。あのときの俺はソラを目覚めさせることしか頭になかった。ディズもそう……ⅩⅢ機関に復讐することしか頭になかった」

知ってるよ。そんなこと。

「ナミネがソラの記憶を上手く再生させられずにいたのはソラが不完全…つまりロクサスがソラから欠け落ちているからだとディズは推論した」

そう言えば…ソラにも不完全な時期はあったんだよな。

ソラは何処がどう不完全だったんだろう。

「ディズの推論は筋が通っているように俺には思えた。だからこそロクサス、おまえをソラのもとへ連れ帰ろうと俺は『存在しなかった世界』に出向いたわけだが……」

俺がソラから離れ、また元に戻ることはやっぱり必然だったんだな。

「ロクサスを見て、正直驚いたよ」

「…どうして?」

「俺は事前にディズからノーバディのことは聞いていた。心を持たない脱け殻だとな。だから俺も…いくらソラのノーバディとはいえ心も感情も無い相手に情けは無用だと思っていた」

今さら驚くようなことじゃない。

存在すること自体が、罪。

それが俺達の——ノーバディの位置付けなんだから。

「ロクサス、おまえと戦うまではな」

「………え?」

「キーブレードは強い心を持つ者を使い手として選ぶ。いくらソラのノーバディとはいえ心が無いノーバディにはキーブレードを操ることは出来ないはずだ。でもロクサス、おまえはそのキーブレードを2本も同時に操っていた。それでわかったんだ。おまえにも心があるってことが……」

ロクサスは目の奥が熱くなるのを感じた。

ノーバディである自分がハッキリと『心がある』と言ってもらえたことが今まであっただろうか?

「俺に心は無い……はず」

「俺はそうは思わない」

「ロクサス。俺にはノーバディであるおまえやナミネの苦しみなんてのは到底わからない」

「………」

「だからこそ、おまえとナミネはお互いに理解し合えるんじゃないかな」

「………!」

「ナミネがロクサスに『自分のせいだ』と言ったのはロクサスが相手だからじゃないのか?」

俺が相手だから?

「ロクサスが今の状態になったのは俺やディズや機関の連中のせいだ。冷静に考えればな」

そう……かもしれない。

ナミネ…どうしてそんなに自分を責めるんだよ。

俺のこうなったのはナミネの所為(せい)かもしれないけど、ナミネだけの責任じゃないのに。

「ロクサス、まだわからないのか?」

「……何が?」

「おまえも意外と鈍いんだな。ナミネはそんな簡単な事実も見えなくなる程に悩んでいるんだ。自分にとって大切な人を傷つけたと思って」

「大切な人って…俺のこと?」

「他に誰がいるんだ?」

ナミネ、そうなのか?

「ナミネにとってロクサスはそれくらい大きい存在だということだな」

「…本当かな?」

「俺はそうだと思うけど、本当かどうかはナミネに直接訊けばいい」

さっき俺はナミネのことを実は恨んでいるのかも……とか思った。

でも、今はそんなことはどうでもいい。

多分、これからも。

「ナミネ……」

今は、恨んでいるとか、いないとか、どうでもいい。

心が有るとか、無いとか、どうでもいい。

今はただ、君に逢いたい。

「リク、俺……ナミネに全部ちゃんと話すよ」

「何を?」

「…俺が思っていることを」

「…そうだな。話し合わないとわからないこともあるだろうしな」

「それと…別に俺はリクのこと恨んだりはしてないよ」

本当は俺にも、俺の本当の気持ちがわからない。

でも、ナミネやリクを恨んでいるとかいないとか、そんなことよりももっと大切なことがある。

そうだろ?ナミネ———。

いつの間にか、空は綺麗な黄昏色に染まっていた。

ロクサスは近くで寝転んでいるソラの傍に歩いていったかと思うと、その姿が少しずつ消えていった。

そして、ロクサスの姿が完全に消えるのと同時にソラが目を覚ました。

「あ~~よく寝た!あれ?何暗い顔してんの、リク?」

「…ソラ、今日はそろそろ帰るか」

「え~~?ちょっと薄暗いけど帰るにはまだ早いって!リク、そんなに疲れたの?」

「…ああ」

「まぁ、そんなに疲れてるなら俺は別にいいけど。でも、いくらキーブレード同士だからってチャンバラくらいでバテるなんて、リクもまだまだだな~」

「…そうだな」

その後、ソラは家路に就いた。

リクは夕日に照らされたデスティニーアイランド本島の道を歩いていた。

自分がしたことの中で何が善くて、何が悪かったのだろうか。

ロクサスとナミネは、本当にソラとカイリの影でしかないのか。

そんなことを考えながらリクはカイリの家に向かった。


葛藤する心-Namine-へと続く

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