機関の反省会③

キングダムハーツ(ギャグ系)

No.9とNo.12が本編を振り返る

ここは存在しなかった世界のビル街に位置する、ちょっと洒落たバー“摩天楼”。

その店の前で、黒いコートを着た一人のミュージシャン風の男が何かブツブツ言っている。

「やっぱり入ろっかな~。でもあんまり金ないしな~……」

何やら優柔不断そうなこの男、財布の中身と相談しているらしい。

「どうせなら思いっきり飲み食いしたいしな~。でもそうすると今月の生活費がな~……」

店の前をウロウロする男を、通行人たち(主にダスクとか)が好奇の目で見ていた。

……が、ミュージシャン風の男はそんな彼らの視線にすら気付かない。

彼の頭の中は財布の中身でいっぱいのようだ。

「アンタ、さっきから何ウロウロしてるの?」

「え?」

ミュージシャン風の男が振り返ると、そこには彼と同じ黒いコートを着た金髪の女性が立っていた。

「あ、ラクシーヌ!」

ラクシーヌと呼ばれた女性は、額に手を当てる素振りをした。

「遠くから見ても馬鹿丸出しだったわよ。気持ち悪いわね」

ラクシーヌはため息を吐いた。

「ちょっと今、懐が寂しくってさ~、入ろうかどうか迷ってたんだ」

「懐が寂しいなら入らなければいいじゃない。アンタ本当に馬鹿ね」

馬鹿馬鹿と言われて、ミュージシャン風の男がうなだれた。

彼も一応、機関の一員であり、心など無いはずなのだが、ちょっと傷ついたようだ。

「そんなに馬鹿馬鹿言わなくたっていーじゃん……」

「あんたなんて馬鹿で十分よ。……で、どうするの?」

「……え?」

「だから飲むの?それとも飲まないの?」

「うーむ……」

ミュージシャン風の男は考え込む。

「そういえばさ、ラクシーヌは?飲みに来たんじゃないの?まさか、俺に馬鹿って言うためだけにここにきたわけじゃあないだろ?」

確かに、機関内でラクシーヌは性格がキツいことで有名な人物だった。

だが、通りすがりの同僚に馬鹿馬鹿と連呼するような暇人でもないはずだった。

「ご名答。私も飲みにきたのよ。一人でね」

一人で、と言う所をラクシーヌは強調した。

そのとき、ミュージシャン風の男にある考えが閃いた。

「あのさぁ~、ラクシーヌ」

「嫌よ」

なぜかキッパリと即答された。

「ま…まだ何も言ってないじゃん……」

「どうせ私に奢ってもらおうとか考えてたんでしょう?女のコに奢らせようなんてアンタどういう神経してんの?」

「いや、確かにそうだけど……でもぁ、ラクシーヌ女のコって年じゃなくね?」

ピカッ

ズガァァァン!!!

ミュージシャン風の男——デミックスの足元に突然、雷が落ちた。

「……失礼ね。私はまだ『女のコ』で十分通用するわよ」

鬼のような形相だった。

というより、まさに鬼。

「え、じゃあ…ラクシーヌって何歳なの?」

ピカッ ピカッ ピカッ

ズガガガァァァーン!!!

デミックスの前後左右に、これでもかと言うくらい大きな雷が落ちた。

デミックスは『ひぃぃっ』と情けない声を洩らしながら狼狽えている。

「水属性のあんたが雷を食らったらどうなるかしら?いくら馬鹿でもわかるでしょう?」

「わ、わかった。謝るよ。ごめん、すいません、もう言いません……(震)」

「まあ、わかればいいわ……」

取り敢えず(?)ラクシーヌから殺気が消えたのでデミックスは一安心した。

「あ、あのさラクシーヌ。今度の給料日(?)に絶対金返すからさ、一杯だけ奢って欲しいんだけど………駄目?」

「……利子を付させてもらってもいいなら構わないけど?」

「利子って……どれくらい?」

デミックスが上目遣いに尋ねた。

女性に甘えるという意味で、彼は不憫な子犬を装っているつもりなのかもしれない。

しかし、高飛車で女王様気質のラクシーヌには通用するはずもない。

「そうね……。私も鬼じゃないから、一日ごとに10%増しでどうかしら?」

この鬼ッ!!

……と、デミックスはその場で叫んでやりたかったが、如何せん相手が相手なのでここは堪えた。

「………(こりゃ明日にでもどうにかして金を都合してラクシーヌに返さないとな~。10%増しくらいならなんとか……)」

「で、どうするのよ?私は別にどっちでもいいんだけど?」

「……よし!奢ってください、ラクシーヌ様!」

「交渉成立ね」

どうでもいいことだが、この場合は単にデミックスが酒を我慢すればよかっただけの話ではないだろうか?

利子付けで人から、しかも女性であるラクシーヌから金を借りてまで酒を飲みたい理由でもあったのだろうか?

……と言うより、ラクシーヌから金を借りるとは正気の沙汰とは思えませんね(ゼクシオン談)。

バー“摩天楼”の中は、相変わらずノーバディ(ダスクとかクリーパーとか)の客で賑わっていた。

……と言うか、そんな下級ノーバディがウジャウジャと蠢いていて少々気持ち悪い。

だが、そんなものは機関員にとって見慣れている光景なのか、デミックスとラクシーヌは特に気にせず入り口近くの二人用テーブルに腰掛けた。

やがてウェイター(?)のギャンブラー(ルクソードの配下ノーバディ)が二人に注文を聞きにきた。

「俺、酎ハイのレモン味で!」

「私はマティーニとチーズケーキをお願いするわ」

ウェイター(?)は二人の注文を書き留め、奥へと消えていった。

「あのさぁ~、ラクシーヌ」

「何よ?」

「俺ってさぁ、人気あんの?」

いきなり何を言い出すんだ、この男は。

心など無いが、ラクシーヌは心の底から呆れた。

「何か世間じゃ『デミックスかっこいい!』とか、『デミックスってイケてる!』とか言われてるらしいんだけどさぁ、そーなの?」

「そーなんじゃないの?」

ラクシーヌは思い切りどうでもよさそうに答えた。

どうやら彼女は自分以外の人間がチヤホヤされるのが嫌いなようだ。

「ラクシーヌさー、もうちょっと真面目に答えてよ~」

「ⅩⅢ機関のNo.9、夜想のしらべ・デミックスは確かに女性を中心に人気がある。でもロクサスやアクセルほどの人気はないわ。……以上よ」

「へぇ~……」

ラクシーヌは凄く不機嫌な顔をしながら答えた。

……が、鈍感なデミックスは彼女のしかめっ面には気付いていないようだった。

「女性に人気、ね~。てことは俺って男には人気ないってこと?」

「あんたみたいなヘタレに男が共感するわけないでしょう?」

「えっ……。俺って、ヘタレ……?」

「あんたみたいな男をヘタレと言わずに何て言うのよ、このヘタレ」

自分は馬鹿、もしくはアホ系の人間であることは自覚していたデミックスであったが、まさかヘタレ呼ばわりされるとは。

「ヘタレって言ったら……馬鹿とかアホとか、それ以下ってこと……?」

「ええ、そうね。気付くのが遅いわよ?」

ヘタレ?

ヘタレ…?

ヘタレ……?

気落ちしているデミックスを店長(?)のソーサラー(ゼムナスの配下ノーバディ)が好奇の目で見つめていた。

「せめて、最後の台詞がもう少し男らしければね……」

「あ、『黙れ、裏切り者』って言った時のこと?あれはあれで俺、結構男らしいこと言ったと思うんだけど」

「そうじゃなくて、ソラに負けた時に言った『うっそぉ~ん』の方よ」

「あ……(そう言えばそんなこと言ったような……)」

「あれで全て台無しになったわね。急に渋いこと言って戦闘が始まって、かっこいい音楽が流れて、水属性らしく水柱とかでソラを攻撃してユーザーに『こいつ意外とやるじゃん』とか思わせといて、最後の最後に“あんなこと”を口にしちゃったせいであんたは完全にヘタレのレッテルを貼られる羽目になったのよ」

「むむ………(悔)」

「最後の台詞が“あれ”じゃなくて『ちくしょう…』とか、『どうしてだよ、ロクサス……』みたいなことを言っていればヘタレの烙印を押されずに済んだのかもしれないけど、後の祭りね」

しばらくの間、二人とも無言だった。

やがてウェイター(?)が二人のもとに注文の品を運んできた。

音もなくマティーニとチーズケーキを交互に口に運ぶラクシーヌ。

その傍らで、ちびちびとレモン味酎ハイを啜るデミックス。

傍目(ダスクやクリーパーの目)からは、デミックスは一片の救いようもない駄目男にしか見えなかった。

「だって俺さぁ、もともと戦闘向きの人間じゃないし…。武器だって楽器だし…。ノーバディになる前からお調子者なのは変わってないけど、たまにはかっこいいこと言ってみたかっただけで……」

「そういう言い訳をするあたりが、ただでさえヘタレなあんたを余計ヘタレにしているのよ、このヘタレ男」

「なぁ、ラクシーヌ。そこまでヘタレって言わなくたって………」

「ヘタレはヘタレ。それ以上でも以下でもないわ。いい加減認めたら?」

デミックスがレモン味酎ハイをテーブルに置き、下を向いた。

肩が少しだけワナワナと震えている。

まさかの口論】

「黙れ…この性悪女……!!」

「…………!?」

デミックスの体から殺気が発せられている。

年に一度有るか無いかの珍現象なのでラクシーヌは軽く目を見開いた。

「さっきから自分のことは棚上げして言いたいことばかり言って……第一ラクシーヌの人気なんて“ヘタレ”の俺以下じゃん?」

「あんた……言ってくれるじゃないの」

ラクシーヌもマティーニの入ったグラスをテーブルに置き、デミックスを睨み付ける。

他の客(ダスクとかクリーパー)もいつかのように(?)二人が放つ殺気に当てられ、震え上がっている。

「ラクシーヌって男女を問わず人気ないよね?そりゃあ当然だよ。忘却の城でソラやナミネにあんなヒドイ仕打ちをするようじゃ、誰も共感しちゃくれないさ」

「あんた何か勘違いしてない?あれはソラを操り人形にするための作戦よ。相手の精神に揺さぶりをかけるなんて、心理戦における基本よ。わかってる?」

「な~にゼクシオンみたいなこと言ってんのさ?心理戦だとか作戦だとか言う以前にラクシーヌは人のこと陥れるのが好きなだけなんだろ?それってさぁ、人として終わってるよ。最低だよ」

「あんた真性の馬鹿でしょ。私は人じゃなくてノーバディよ」

「性悪に人もノーバディも関係ないよ」

「あんたは世間知らずだからそんなことをヌケヌケと言えるのよ。大人の世界ではそんな言い分は通用しないわ。理由はどうあれ、自分のために他の誰かを傷つけるなんてこと、多かれ少なかれ誰でもすることでしょう?」

「だからって人を傷つけて良いってことにはならないじゃん?そんなこと“ヘタレ”の俺にだってわかる」

ラクシーヌはハァ~っと長いため息を吐いた。

「あんたこそ何?ソラみたいなこと言って。キーブレードの勇者気分?大体、機関のメンバーがやっていることなんて“人を傷つける”ことのオンパレードじゃない」

「そりゃそうだけどさ……」

デミックスが口籠もる。

どうやら、この口論はラクシーヌ側に軍配が上がったようだ。

「ⅩⅢ機関のNo.12、非情の妖姫・ラクシーヌは性悪女。それで結構よ。別に否定はしないわ」

ラクシーヌはマティーニが入ったグラスを一気に飲み干した。

デミックスは困った顔をしながらラクシーヌのことを見ていた。

「ラクシーヌはさぁ~、その性格さえ直せば人気が出ると思うんだけど……」

「大きなお世話ね」

「でもラクシーヌって見た目は美人だし、背高いし、足も長いし、スタイル良いし……。『モト』は良いのにさ、勿体ないと思うんだけど……」

「それこそ大きなお世話ね」

ラクシーヌはチーズケーキの最後の一切れを口に入れた。

鈍感なデミックスにとって普段は気にも留めないようなことだが、よくよく見てみるとラクシーヌは性格の割に(?)食事中のマナーや仕草が上品であることに気付いた。

「あんた、どうして私があんな変人揃いの機関に身を置いているのか分かってる?」

ちょっと俯き加減にラクシーヌが言った。

「どうしてって……心が欲しいから?」

「そうね。確かに心は欲しいわ。それよりも……」

「それよりも?」

「私だって一応女なんだから……恋とかしたいのよ」

「…………!!?」

今この瞬間、デミックスの頭の中は【!?!?!?】で埋めつくされていた。

まさか、ラクシーヌが恋愛脳なタイプだとは思いもしなかった。

「でもね、心が無いと恋なんてできっこないわ。だから純粋なソラとかナミネとか、あのレプリカとかに無性に腹が立ったのかも……しれないわね」

「ラ……ラクシーヌ!!」

ラクシーヌは『今度は何?』といった表情で、ウザそうにデミックスの方を見た。

「ごめん!俺、今まで何かラクシーヌのことを誤解してたよ!!ラクシーヌにこんな乙女チックな側面があったなんてっ……!!」

ノーバディに心は無いはずだが、デミックスは本気で感動していた。

「何よ『乙女チック』って。そんなガキ臭い言い方、やめてくれる?」

「い~や、いや!さすがラクシーヌだ!!普段は悪女ヅラしてても、その裏にはさりげなくもはかない想いがあった!それでこそ機関の紅一点だ~!!」

支離滅裂な賛辞を述べるデミックスに、心など無いがラクシーヌは心の底から呆れた。

この男、機関の一員のくせに、と言うよりノーバディのくせにおめでたすぎる。

ある意味、この男は特別な生まれ方をした特別なノーバディであるロクサスとナミネよりも変わっているのではないか。

もしくは、稀代の大馬鹿なのか。

ラクシーヌはそんなことを考えながら、もはや何度目になるかわからないため息を吐いた。

「さて、食事も済んだし…そろそろ帰ろうかしら?」

「あ、ご馳走になりました、ラクシーヌ様!金は明日中に返すからさ~」

「……別にいいわよ。私も久々に本音トークが出来たから、今回は私の奢りってことにしといてあげるわ。今、財布の中寂しいんでしょう?」

「……え、それマジで?本当にいいの?」

「性悪女のせめてもの情けよ。それとも、あんたはどうしても利子付けで私に返金したいのかしら?」

「あ、いや……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおっかな~」

ラクシーヌは支払いを済ませ、デミックスと一緒に店を出た。

「ところでさぁ~、ラクシーヌ」

「何よ?」

何やらデミックスが妙にニヤニヤしている。

「隠れ乙女なラクシーヌって本当は何歳なの?」

「あんたって本当にデリカシーが無いわね……」

この期に及んで女性に年齢を尋ねるデミックスの無神経さに、ラクシーヌはもはや雷を落としてやる気力さえも湧かなかった。

「……多分、あんたと同じくらいよ」

「俺と~?……てことは、20代前半くらい?」

ラクシーヌはそれ以上は何も答えず、デミックスに背を向けて闇夜の街に消えていった。

《終》

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