No.1とNo.7が本編を振り返る
ここは存在しなかった世界のビル街に位置している、とあるバー“摩天楼”。
その店の奥のカウンターに、黒いコートを着た男が二人座っている。
ある機関の指導者と、その補佐役っぽい男である。
「では、キングダムハーツに……」
何やら、やたらと喋るのが遅い指導者らしき男。
「乾杯」
「……乾杯」
そして、あまり乾杯したくないと言わんばかりの顔をしている補佐役らしき青髪の男。
「…などと、よくふざけたことが言えるな?キングダムハーツは結局完成しなかった上に年寄りのアンセムに破壊されてしまっただろうが。貴様、それでも機関の指導者か?」
青髪の男——サイクスが憤る。
その表情は、とても心が無い者のものには見えない。
「落ち着け、サイクスよ。店の中でバーサクしたら他の客に迷惑が掛かる……」
他の客、と言ってもノーバディ(ダスクやクリーパーとか)しかいないのだが。
「むぅ………」
落ち着きを取り戻すサイクス。
人の忠告を素直に聞き入れるあたりが彼の良い所である。
「お前にとっては面白くない展開だったであろうが、私は最後の最後で心を手に入れた。怒り、憎しみ、最高だった……」
「ソラとリクと戦ったときのアレか……」
サイクスはグラスを飲み干す。
ちなみに中身はウィスキーだ。
「貴様、ラスボスのくせに大して強くなかったな。プレイヤー目線では肩透かしもいいところだったぞ。しかも、あの白黒のコートは一体何だ?あの戦いのおかげで世間様から牛柄だとかシマウマだとか言われてることを知らんのか?」
機関の指導者こと、ゼムナスの手の動きが止まる。
ビールが入っているジョッキを持つ手がわずかに震えている。
「それだけではない。貴様、ラストバトルの前にソラとタイマンで戦っているだろう?」
「ああ……」
「周りが蜃気楼みたいなものに囲まれたビルの下で戦うアレだ」
「アレか……」
ゼムナスは目を瞑っている。
どうやら、あまり触れてほしくないことらしい。
「貴様、あの弱さは一体何だ?機関の中で最弱と言ってもいい。あれではデミックス以下だ。単にビルの上と下を行ったり来たりしているだけではないか」
「あれは……そう、演出のためだ」
「何が演出だ。リアクションコマンドでビルに叩きつけられたり、ソラにキーブレードで殴られることが貴様の演出なのか?たいした芸だな」
ストーリー中盤で“心を傷つける方法ならいくらでも知っている”などと豪語したサイクス。その彼が発する言葉は、心が無いはずのゼムナスにも確実に精神的ダメージを与えていく。
「そう言えば貴様、前作のファイナルミックスにも出演していたな?」
「ああ……」
実はゼムナス、1年前にもホロウバスティオンでソラと対戦しているのである。
それも、裏ボスという破格の待遇で——である。
(※詳しく知りたい人はキングダムハーツⅠのFM版をプレイしよう!)
「率直な感想を言うと、ファイナルミックス版の貴様はとてつもなく強かった。世間では貴様のことを、あのセフィロス以上の強敵と感じたユーザーも少なくないだろう」
「セフィロス以上か。それは光栄な話だな……」
「そして何より、このサイトの管理人はファイナルミックス最強の敵は間違いなく謎の男(ゼムナス)であったと今も信じて疑わない。それ程までに、あの時の貴様(当時のゼムナス)は強かった………」
サイクスは遠くを見るような目をしている。
今日の彼は、ノーバディのくせにやたら感慨深い表情をする。
「……にも関わらずだ!!」
そして、今度は鬼のような顔になる。
心は無くとも、どうやら怒りの感情はあるらしい。
「僅か1年後にはこの弱体化ぶりだ。『ファイナルミックスに出てきた、あのとても強い機関のメンバーは誰だ!?』などと世間を騒がせておいて、フタを開けてみればこの様(ザマ)だ」
「いや、それは私が弱くなった訳ではない……」
「ほう、敗者の弁というヤツか?この期に及んで言い訳をするとはな」
「言い訳ではなく、私は事実を述べているのだ。キングダムハーツⅡではソラが強くなったからそう感じただけであって、私は決して…………」
「黙れ。攻撃の種類が減ったりだの、移動速度が明らかに遅くなっているだの、ネタはいくつも挙がっているんだ!!」
「そ、それは……(頼むからもうやめてくれ……)」
「極め付けは最後の捨て台詞だろう!」
“実に面白い。今後が楽しみだ”
ゼムナスはキングダムハーツⅠのFM版にて、バトル後にそう言ったことをサイクスはよ~く覚えていた。
あの、強者の貫禄たっぷりの台詞を。
「余裕ぶった言い方をしたつもりか?散々ⅠからⅡへのハードルを上げた結果が、まさかこの体たらくとはな!貴様せいで楽しみが楽しみでなくなったわっ!」
サイクルの主張には一理あった。
それもそのはず、キングダムハーツⅠのエンディングが終わった後に、機関という組織は混迷を極めた。
まず忘却の城での一件でメンバーの約半数が消滅。
さらにロクサスが機関を抜け、次いでアクセルが機関を裏切った。
あれもこれも、責任は全て至らない指導者にあるとサイクスは言っているのである。
「それでも全てのノーバディを統べる者か!?自覚が足りぬわっ!!」
酒が入ったせいか、それとも日頃の不満が堪りかねていたのか、サイクスらしいと言えばサイクスらしい暴言の嵐である。
しかも、その意見があながち的外れという訳でもないから始末が悪い。
実際のところ、ゼムナスが機関のメンバーたちにとって良い上司であったとは言い難いのだから。
怒れるNo.7の反逆
ゼムナスにしても、期間が瓦解した件について一応の責任は感じていた。
あくまで“一応”だが。
大体にして、腐ってもゼムナスが機関の指導者であることに変わりはないのだ。
部下の管理能力に疑問符が付くとしても、公式では機関内で最強の人物であるはずなのだ。
プレイヤー目線では、決して“最強”ではないとしても。
「おい貴様、何をさっきから黙っている」
「いや、考え事をしていた……」
「考えごとだと?」
「やはり、何だかんだ言って私が機関の指導者だからこそ、キングダムハーツⅡのストーリーは成立しているのではないか……という事をだ」
「貴様は人を苛々させるのが本当に得意らしいな。冗談は話すスピードの遅さだけにしておけ」
「しかしだな、私以外に指導者の資質が有る者などはいないだろう……?」
「……いいや、いる」
「一体、どこに……」
「ここにいるだろうがぁっ!!!」
いよいよサイクルがブチ切れた。
テーブルを蹴ってひっくり返し、卓上の酒類が床に飛び散った。
もはや完全に迷惑な酔っ払い野郎そのものだが、それでもサイクルは止まらない。
「実質的な機関のナンバー2は俺だ。たぶん、指導者的な資質も俺のほうが上だ。よって、ゼムナス……」
「……何だ?(嫌な予感がする……)」
「この機関は俺が頂く!!」
「いかん、それはいかんぞサイクス。それでは、いつぞやのマールーシャの時と同じ、れっきとした反逆者ではないか」
「それがどうした!今ならマールーシャの気持ちが理解できるぞ。貴様のような阿呆が指導者を気取るくらいなら、別の有能な人物が機関のトップとなるべきだったのだ!!」
「いくら何でも、阿呆呼ばわりしなくとも良いではないか……」
「黙れ、この能無しが!俺は今日、貴様を倒して機関全体を統べる者になる。覚悟しろ、ゼムナス!!」
アルコールのせいか、いつもより大胆かつ横暴な発言が目立つサイクス。
他の客(主にダスクたち)も、サイクスの放つ殺気に震え上がっている。
「お、落ち着けサイクスよ。ここは店の中だ。こんな場所でバーサクしては他の客に迷惑が……」
「……ならば、表へ出ろ」
「………(困)」
「……出ろ!!!!」
気が付けば店のマスター(?)のソーサラーまでもが、ゼムナスに向かって“さっさと出ていけ”というジェスチャーをしている。
仮にも、設定上はゼムナス直属の配下ノーバディなのに。
「…………(自分の配下ノーバディにすら見限られるとは。私は今日、同僚の手で消滅させられてしまうのか……!?)」
困惑するゼムナスの心情など露知らず、サイクスは愛用の大剣(クレイモア)を肩に担いで店を出ていってしまった。
そんな怒れる青髪男の後姿を横目で見つつ、ゼムナスはレジで支払いをしながら途方に暮れていた。
代金を受け取ったマスター(?)のソーサラーは、ゼムナスに向かって合掌した。
ノーバディには血も涙も無いのか。
無いのは心だけにしておいてほしいものだ。
このソーサラーめ——心なんて無いくせに、こんな時は一丁前に人間らしいことをするとは。
しかも、そこら辺に湧き出る雑魚敵の分際で。
ゼムナスはそんなことを考えながら、トボトボと店を出た。
その夜、存在しなかった世界の住人の多くが、奇妙な叫び声を聞いたらしい。
『月よ、照らせェェッ!!』
『邪魔だァァァッ!!』
『消えろォォォッ!!』
『全てを失うがいいィィィッ!!』
そんな怒声が、夜通しで摩天楼に響き渡っていたという。
《終わり》
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