【長編小説】ノーバディの運命 第7話:予期せぬ発見

キングダムハーツ(長編小説)

謎の洋館

ロクサスとリクは、目の前の洋館を改めて観察してみた。

かなり古ぼけている感じで、とても人が住んでいるようには見えない。

外壁もかなり汚れており、長い間放置されているような印象を受ける。

門の部分描かれている抉れた逆ハート型の紋章——機関のシンボルマークだけが鈍い光を放っている。

「何だ、この屋敷は?ロクサス、心当たりはあるか?」

「……いや、全然ないよ」

「この門に描かれているマークについて考えてみると、やはり機関に関係があるのかと思ったんだが……」

リクの言う通り、機関の紋章が描かれているということは、目の前の洋館が機関に何らかの関係があると考えて間違いないだろう。

しかし、ロクサスはレイディアントガーデン——いや、自分が機関に所属していた当時はホロウバスティオンと呼ばれていたこの世界に、機関の施設があるなどという話は聞いたことが無かった。

そもそも機関の施設は、普通は狭間の世界にあるはずである。

機関が敢えて光の世界に何らかの施設を作るとは、どうにも腑に落ちない話である。

「俺は、こんな屋敷は全然知らない。でも、単に俺が機関の新入りだったから教えられてなかっただけかも知れない」

「機関の上層部が、この屋敷の存在を隠していたってことか?」

「隠していたのかどうかは知らないけど、忘却の城みたいに重要な研究施設なら、機関の会議とかで場所の名前を耳にする機会があるはずなんだ」

「つまり、怪しいことに変わりはないというわけか…」

リクは門のノーバディマークに触れようとした。

しかし、リクの手はマークに触れるか触れないかのところで、不思議な力によって押し戻されてしまった。

「結界……か?」

「多分そうだと思う。空気の壁って言ったらいいのかな。ノーバディでなければ通れない——“普通の人間”は通ることの出来ないバリアみたいな術で、この屋敷の周りが包まれているんだと思う」

「空気の壁か。特定の存在でなければ通れないという事は、“光の扉”や“闇の扉”に近い性質があるということか……」

案の定、ロクサスはマークに触れても何の異常も無かった。

しかし、ロクサスは表情には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。

『普通の人間は通ることの出来ないバリア』——ここまで口にして、ロクサスは自分の立場を再確認した。

そして、リクには気付かれないように自嘲するしかなかった。

昨夜の出来事が、ロクサスの脳裏に甦った。

これは、俺が“普通”ではない何よりの証だ———。

「俺が外壁を飛び越えようとしても、これでは中に入ることは不可能ってわけか……」

「残念だけど、多分そうだろうな。この結界は屋敷そのものを覆っている。門の扉自体は俺やリクのキーブレードで開くことは出来ても、この結界を越えることはリクには出来ない。俺のようなノーバディでないと……」

ロクサスは門の前に立ち、キーブレードを振りかざした。

まばゆい光が弾けるのと同時に、洋館の門が開かれる。

「……行くのか?」

「ここまで来て、調べないわけにはいかないだろ?

「それはそうだが……」

「ここが昨日のハートレス達と関係があるかどうかは分からないけど、何もしないよりはマシだよ」

「ロクサス、この先はどんな危険があるかわからない。その可能性は考えているのか?」

「実は俺自身、気になるんだ。この屋敷がハートレスと関係があるかどうかよりも、機関とどんな関係があるのか……その方が気になる」

自分の知らないない『何か』が、ここにある。

ロクサスは、そのように直感していた。

「それに、この結界を作り出せるような機関員は限られている。ノーバディだけが通れる結界を張るのは簡単なことじゃない。機関の指導者であるゼムナスか、魔法技術に長けたヴィクセンやゼクシオンか、呪術も使えるマールーシャあたりじゃないと、こういった結界を張ることを自体、そもそも不可能なはずなんだ」

「もしかすると、特定の機関員が個人的なら理由でこの場所を封印したって可能性もあるのか?」

「さあ、そこまでは俺にも分からない。でも、リクも知っているように機関は一枚岩じゃなかった」

ロクサスにとっては後から聞いた話であるが、忘却の城では機関に対して反逆を企てていた者までいたくらいだ。

機関内で自分だけが知らない軋轢があったとしても、それは何ら不思議ではない。

「リクはここで待っていてくれ。一通り屋敷の中を見てきたら戻って来るよ」

「頼んだぞ」

ロクサスは結界を越えて門を通り、洋館の外壁内へと足を踏み入れた。

探索開始

外壁内には、屋敷の入口へと続く道の脇に大きな庭があった。

いや、この場合は“元々は庭だった”という言い方が適切だろう。

花壇などはかなり荒れ果てており、雑草の海と化していた。

花属性のマールーシャが見たら嘆きそうな光景だとロクサスは思った。

屋敷の扉は南京錠で施錠されていた。

外壁の門とは異なり、こちらの扉には特別は結界が張られている様子はない。

ロクサスはキーブレードで南京錠を解き、屋敷の扉に手を掛けた。

その瞬間、ロクサスは強烈な違和感を覚えた。

それは、闇の気配だった。

凄まじく強烈な闇の気配が、掌から伝わってきたのだ。

ロクサスは反射的に扉から手を離した。

それはノーバディでも分かる、純粋な恐怖の感情によって促された行動であった。

「…………ッ……」

冷や汗がロクサスの額を伝う。

体が震えているのが自分でも分かる。

ロクサスが再び扉に手を掛けるまで、たっぷり一分は要した。

意を決してロクサスは扉を開き、屋敷の中へと足を踏み入れた。

やはり闇の気配はするものの、さすがに二回目ともなれば、さしたる恐怖を感じることもなかった。

その瞬間だった。

靴底から伝わってきた得体の知れない悪寒が、ロクサスの身体を駆け巡った。

ロクサスは反射的に足元を見た。

何かの虫を踏み潰してしまったような、嫌な感覚が脳天に響いたのだ。

ロクサスは恐る恐る足を上げた。

しかし、床には何も無かった。

靴底も見てみたが、やはり何もない。

先ほどの違和感は、一体何だったのだろうか?

足を踏み入れてはならない場所に入ってしまったような、そんな奇妙な恐怖を呼び起こす違和感だった。

扉を開けた先はロビーのようになっていて、いくつかの絵画が壁に並んでいた。

その中の一つは、ロクサスにも見覚えのある絵であった。

確か、『最後の晩餐』という絵画だ。

詳しくは知らないが、世界最後の日に食べる夕食の様子を描いた絵画だと記憶している。

ロクサスは、視線を他の様々な部分に向けてみた。

アンティーク調のソファーや立時計が壁際に置かれているのが目に入った。

少々ほこりっぽいが、生活感を全く感じないという程でもなかった。

人が住まなくなって久しいといった印象だ。

「どうして、こんな屋敷が結界で包まれていたんだろう……?」

ロクサスは内心、拍子抜けしていた。

先ほど、扉に手を掛けた瞬間に闇の気配を感じた後、どんな凶悪なハートレスが出てくるのかと警戒していたからだ。

しかし、実際には凶悪なハートレスどころか、シャドウ一匹すら出てこない。

ただ単に、闇の気配が強いだけである。

この屋敷に辿り着くまでの道程の最中でもハートレスとは遭遇しなかったが、この屋敷の内部も例外ではないらしい。

リクが言っていたようなハートレスの発生源が、この近くに——少なくとも屋敷内あるとは到底思えない。

機関が——もしくは機関員の誰かが、この洋館そのものを封印した理由。

それに関して、ロクサスには見当も付かなかった。

この屋敷の何処かに、何か秘密でもあるのだろうか———?

ロクサスは、まず一階を捜索してみた。

ロビー、厨房、トイレ、バスルーム、応接室、その他諸々の部屋。

人の気配こそしないが、普通の洋館と大差の無い造りであることは間違いなかった。

少なくとも、機関の拠点という印象は全く受けない。

ロクサスは一階での捜索を打ち切り、二階の捜索に移った。

二階は左右に伸びた渡り廊下があり、それに沿っていくつかの部屋が並んでいるだけであった。

やはり人の気配は感じない。

ロクサスは手始めに、階段の近くにあった部屋の中に入ってみた。

本棚がギッシリと並んでおり、部屋の奥に机がある。

この部屋は、どうやら書斎のようだ。

ロクサスは本棚に並んでいる本を見渡してみた。

詳しくは分からないが、難しい学問関係の本が多いようだった。

心理学、物理学、機械学——ヴィクセンが見たら喜びそうな本のジャンルだが、到底自分には理解できそうもない内容であった。

ロクサスは書斎の机の椅子に座り、一息吐くことにした。

「ハートレス相手に憂さ晴らしするはずか、今では一人で探険ごっこか……」

リクと共にハートレスを探しに来たはずなのに、いつの間にか得体の知れない洋館の中を探索している自分。

今の状況について、ロクサスは少しばかり呆れていた。

その一方で、何か好奇心のようなものが疼いているのも事実であった。

幼少期のソラも、リクと共に様々な場所を探索して遊んでいたらしい。

そのことを考えれば、意外と性格的な面で、自分とソラに共通する部分は多いのかも知れない。

ロクサスはふと窓の外を見た。

裏庭のようなものが見える。

ちょうど、この書斎は自分が入ってきた洋館の正門とは反対側に位置しているらしい。

正門側の庭とは異なり、裏庭には黄色い花が自生しているようだ。

ただし、遠目に見てではあるが、裏庭に人の手が加えられている様子はない。

この洋館自体、普通の人間が近寄ることが出来ないのだから当然だろう。

そもそも結界など無くても、こんな森の奥まで来るような者はそうはいないだろうが———。

“Kairi”

ロクサスは、誰が何の目的でこの屋敷の周囲に結界を施したのかついて改めて考えてみた。

自分が見た限りでは、今の所屋敷内に変わったところは無い。

少なくとも、ハートレスの巣窟ではないし、機関の拠点であるというわけでもなさそうだ。

ただし、闇の気配が異様に強いということだけは、どうにも腑に落ちない。

闇がある場所にハートレスは現れる。

それは自明の理であるが、この屋敷——いや、この屋敷周辺のエリアに限ってはそうでもないらしい。

ハートレスでも、闇を怖がるようなことがあるのだろうか?

だからこの場所には、ハートレスが寄り付かないのだろうか?

ロクサスは自分でも意味不明な想像をした。

自分が感じている闇の気配の出所は、一体何処にあるのだろうか?

そして、その正体は一体何なのだろうか?

何か危険な匂いはするものの、気になって仕方が無かった。

「もう少し、他の部屋を見たら切り上げようかな……」

あまり長い時間、リクを外で待たせるのも申し訳ない。

ロクサスは書斎を出て、二階の部屋を一通り見て回った。

二階にもトイレやバスルームがあったが、それ以外の部屋は至って普通な内装であった。

おそらく個人の部屋といった感じで、寝室のような雰囲気が漂っていることから、昔は夫婦が住んでいたのかも知れないとロクサス思った。

最後の部屋を見るために渡り廊下の端まで来たロクサスは、ふと立ち止まった。

自分は何か、見落としていることがある。

そのような気がしたからだ。

闇の気配とは関係が無い、何かもっと単純なこと。

それを失念している気がしてならない———。

しかし、ロクサスにはそれが何なのか分からなかった。

分からないことをいくら考えても仕方がない。

ロクサスは気持ちを切り替えて、最後の部屋のドアを開けようとしたが、その部屋には鍵が掛かっていた。

ロクサスは“またか”と呟きながらキーブレードを振りかざした。

『またか……』

この自分の独り言によって、ロクサスはそれまで引っ掛かっていた不可思議な事実に気付いた。

正門から屋敷へと入る時、扉は南京錠で施錠されていた。

ロクサスは何の疑問もなくキーブレードで鍵を開けたが、今考えてみればおかしな話である。

普通、こんな洋館の入り口を南京錠で施錠したりするだろうか?

結界云々は抜きにして、扉を南京錠で施錠するということは、外部からは誰も入れなくするという意図があるはずである。

しかしながら、勝手に屋敷内に入って来られると困るのならば、普通に入口の扉に鍵を掛けておけばいいだけの話である。

一体なぜ、そんな厳重に施錠する必要があったのだろうか?

結界が屋敷の外壁部分周辺に存在している時点で、普通の人間はこの屋敷はおろか、中庭にすら入れないはずである。

つまり、“普通の人間”であれば、結界を越えての出入りは不可能なのだ。

それならば、考えられる可能性は一つである。

結界が張られる以前——まだこの屋敷が無人の館となる以前の頃、屋敷内から人が出てくることを防ぐようにするためだ。

南京錠で扉の外側から施錠すれば、扉の内側にいる者が——少なくとも“普通の人間”ならば、その扉を開くことは出来ない。

しかし、単にこの屋敷の住人が、泥棒などが侵入してきては困るから厳重に施錠していただけかも知れない。

それでも不可解であることに変わりはないが、そのように考えた方が、まだ筋が通っているように思えた。

屋敷内に人間を閉じ込めて放置するなど、非現実的すぎる考えだ。

そもそも、そんな事をする理由など見当もつかない。

こんな馬鹿げた推理をして、何の意味があるというのだ。

ロクサスは気を取り直して、目の前のドアを開けた。

部屋の中の棚には、可愛らしい人形やぬいぐるみ——それらがいくつも並んでいた。

その点から察するに、どうやらここは子供部屋らしいとロクサスは直感した。

他の部屋と同じくほこりっぽくことからは、長い間放置されているであろうことが容易に推測できた。

ロクサスは、手近にあった熊のぬいぐるみを手に取った。

かなり傷んでいる部分が多く、目が取れ掛かっている。

ロクサスは、熊のぬいぐるみが自分に対して痛みを訴えているような錯覚に陥った。

昨日の自分も、この熊のぬいぐるみと同じような表情をしていたに違いない。

ロクサスはそんなことを考えつつ、ふとぬいぐるみの背面を見てみた。

その瞬間、ロクサスの表情が凍り付いた。

そこには『Kairi』という文字の刺繍が入っていたからだ。


第8話:悪寒と困惑へと続く

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