終焉の刻ーZexionー

キングダムハーツ(シリアス系)

新たなる策謀

現在のマールーシャは、自分自身を存在させることのみに執着している。

少なくとも、ゼクシオンにはそう思えた。

彼は自分の信念に基づき、ナミネを利用し、ソラを利用し、自分の野望を実現させようと躍起になっている。

「ヴィクセンに続いてレクセウスまで滅ぼされるとは……機関はどうなってしまうのか……」

ヴィクセンはソラに、レクセウスはリクにそれぞれ敗れ、そして消滅した。

彼らは“生命”を失った。

別に、仲間が消えたことが哀しいわけではない。

自分には心が無いから、そんな風には思わない——思えない。

ヴィクセンやレクセウスとは、自分が『イエンツォ』という名前であった頃からの付き合いであり、お互いにノーバディになる以前から親交のあった仲間であった。

しかし、その“仲間”が消えてしまったという事態に直面しても、自分は哀しくも何とも無い。

哀しいとは、思わない。

哀しいとは、感じない。

「今の僕に心があるならば……涙の一つくらいは出るでしょうか?」

自分以外に誰も居ない薄暗い部屋で、ゼクシオンは自分に向かって問い掛ける。

「涙など……今の僕には残っていないのでしょうね」

まるで自嘲するようにゼクシオンは呟いた。

かつて“輝ける庭”と呼ばれた世界で賢者アンセムに師事していた頃は、些細なことで笑ったり、怒ったり、時には泣いたりもした。

そして自分以外の5人の弟子たちとは、毎日のようにあらゆる分野で競い合い、その中で親交を深めた。

あの頃の自分——心ある『イエンツォ』にとって、彼らは自分と同じ目的に向かって共に邁進するかけがいのない先輩であり、仲間であり、同志であった。

それなのに———。

“今の”自分には心が無いから、哀しいとは思わない——思えない。

涙の一つさえも出ない。

「哀しいと思えないことが、これ程虚しく感じるのはなぜでしょうかね……」

心が無いから、虚しさのようなものを感じているのだろうか?

虚しさのようなものを感じることで、心が無いということを再確認しているのだろうか?

それ以前に、心が無いノーバディが虚しさを感じているのは一体なぜだ?

なぜ“虚しい”と感じるのだろうか?

心が無いから、自分には分からない。

でも、本当にそうだろうか?

本当は———?

「分からないことをいくら考えても仕方が無い、か。それよりも今後の策を考えなければ……」

リクは己の中の闇と戦い、マールーシャは己に仇なす可能性がある者たちを根絶しようとしている。

自分が機関の者であるという立場を考慮すれば、リクともマールーシャとも、いずれは敵対することになるだろう。

とにかく、自分の身を守るくらいの策は講じなければならない。

リクにせよ、マールーシャにせよ、いずれは自分を消しにやって来るはずだ。

まだ、消えるわけにはいかない。

「僕は、まだ………」

突然ゼクシオンの前方の空間が揺らぎ、闇色の穴が口を開けた。

その空間の歪みに現れた闇の中から、機関のNo.8——アクセルが現れた。

「ヴィクセン、ラクシーヌ、レクセウス。次はどいつが滅びるんだろうな?」

何の感慨も無さそうにアクセルは言う。

機関の中でも、何を考えているのかわからないことでよく知られるアクセル。

彼も自分同様、仲間が消えたことに対して何か特別な思いがあるわけではないのだろう。

それ以前に、アクセルにとっての本当の“仲間”には、自分も含めた機関の者は含まれていないのかもしれない。

そう、No.13の少年——ロクサスを除いて。

次に消されるのは誰、か。

「……あなたかもしれませんね」

ゼクシオンは敢えて冗談めかして言ってみた。

果たしてアクセルは、自分が言った冗談とも言い切れない冗談に対して、どのような反応を見せるのだろうか?

「俺?そいつはないね」

自信ありといった様子でアクセルは言う。

「ついさっき、ソラに負けたフリして逃げてきたんだ。しばらくあいつとは戦わねぇ」

“しばらく”だと?

一体どういう意味だ?

この男は何を考えている?

いや、何を企んでいる?

「ま、次に滅びるのはマールーシャってわけだ。ソラを利用して機関に反逆しようとしたのが運の尽きさ」

一体、何を根拠に?

アクセルはソラと戦ってみて、ソラならマールーシャを倒せると判断したのだろうか?

確かに、マールーシャは機関内でもかなりの実力者である。

しかし、キーブレードの勇者には適わない。

そういうことだろうか?

「自分に勝ったソラがマールーシャに負けるはずがない。そういうことですね?」

「ソラを利用して機関に反逆しようとしたマールーシャは、ソラの手で消されるわけだ」

ならば、マールーシャが自分を消しにやって来る可能性は消えたということになる。

これでは、光の勇者に対抗するための手段ももはや必要ない——か。

「で、そっちは?リクを手に入れるんじゃねぇのか?」

「ええ。彼を反逆者にぶつける予定でしたが……マールーシャが消えるとなれば必要ありません。目障りなだけですね」

リク自身に個人的な恨みがあるわけではない。

しかし、ゼクシオンにとってはリクの“存在”そのものが目障りだった。

「その上危険だ。あのレクセウスがやられたんだぜ?」

No.5であり、単純な戦闘能力という点においては自分を上回っていたレクセウス。

彼を倒した相手に、真正面から挑むつもりは毛頭無かった。

「僕のやり方は違いますよ」

ゼクシオンは口元に僅かな笑みを浮かべた。

「リクの故郷についてのデータをお持ちですか?」

「あんたお得意の『幻術』でリクを潰すってワケか」

アクセルは懐から1枚のカードを取出し、それをゼクシオンに手渡した。

「そいつにはソラとリクの故郷の記憶が秘められている。まあ、上手に使うこったな」

アクセルはニヤリと笑い、闇の回廊の中へと消えた。

「さて……」

ゼクシオンの藍色の瞳にカードに描かれている絵が映る。

青い海に囲まれた島の絵。

故郷———。

「……自分の行いを忘れたとは言わせませんよ」

故郷を滅ぼした者の末路はただ一つ。

過去からは逃げられない。

誰一人として———。

終焉へのカウントダウン

突然床が、いや、その部屋全体が大きく揺れた。

「何だ?匂いが一つ……強い力が消えた……?」

城の白いホールを歩いていたリクは、激しく揺れる床の上でよろめきながら、この城のどこかで誰かが消えたことを察知した。

「この城の主……マールーシャがキーブレードの勇者に倒されたのですよ」

ホールの扉の前に現れたゼクシオンは、リクにそう告げた。

「キーブレードの……?ソラか!?ソラがここに居るのか!?」

「ええ。会いたいですか?いや、会えるのですか?」

「…どういう意味だ?」

光と闇は相容れない。

たとえあなたの心が再会を望んでも、あなたの中に巣食っている『闇』はそれを許さない。

あなたは闇に囚われ、故郷を滅ぼしたのだから。

「あなたの心にはいまだに闇が……アンセムの影が宿っています。そんな状態でソラに会うのが、恥ずかしくないのですか?」

「ッ………」

「ソラは闇と戦う勇者。心に闇を宿しているあなたとはいずれ敵対する運命にある。もし、僕の言葉を信じたくなければ……」

ゼクシオンはリクに1枚のカードを投げ渡した。

「自分の目で真実を見極めることですね」

「このカードは、俺たちの……?」

「そう。故郷です」

ゼクシオンは闇の中へと消え、広いホールに一人残されたリクは、手元のカードを複雑な表情で見つめる。

「故郷……か……」


闇の回廊を歩く中でゼクシオンは考える。

あとはリクのことを自分の手で葬るだけだ。

しかし、自分が真に倒すべき相手は『リク自身』ではなく『リクに宿った闇』である。

彼は故郷を滅ぼし、あまつさえレクセウスまでも滅ぼした。

かつての“仲間”を、闇の力で平然と斬り捨てた。

自分がリクを倒すのは、あくまで機関のため。

組織の計画の支障となる可能性がある者は始末する。

ただそれだけのこと。

でも、本当にそれだけだろうか?

リクのことが“目障り”だと思うのは、一体なぜだろうか?

この感じは、何だ?

「心など無いのに……僕は何を感じているのでしょうか?」

リクがあのカードによって創り出された故郷の世界の最奥に辿り着くには、少しばかり時間がかかるはずである。

ならば、その僅かな間だけでも彼女に今の自分が感じているものについて訊いてみるのも悪くはないかもしれない。

明確な答えは得られなくても、何かヒントのようなものは得られるかもしれない。

ゼクシオンは闇の中でそう思った。


忘却の城の最上階にあるポッドルーム。

その大きな白い部屋の中央にある機械の中で眠っているソラと、ソラを見つめているナミネ。

ソラは本当の記憶を取り戻すために、忘却の城で体験したことの記憶——ナミネに関する一切の記憶を失い、眠りに就くことを選んだ。

ナミネにしてみれば、どんなに記憶を取り繕っても、自分はカイリの『影』でしかないのだろう。

どれほど綺麗事を並べようと、いくらソラが優しくても、これが現実。

どんなに辛くても、どんなに苦しくても、自分は現実に耐えるしかない。

「これで……よかったんだよね?」

「本当にそう思っていますか?」

ナミネが後ろを振り向くと、空間の切れ目に現れた闇の中から青髪の青年が姿を見せた。

「あなたは……」

この人の名前は、確か———。

「こうしてあなたと話すのはこれで二度目……ですかね?」

「ゼクシオン……さん」

「あなたは機関の者を“さん”付けで呼ぶのですか?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど……」

ゼクシオンは無表情な顔をしながらナミネの隣を通り過ぎ、ソラが眠っているポッドの前に立った。

「彼は、眠りに就くことを選んだのですね」

「これでいいんです……」

「何がいいんですか?」

「だって、ソラは私のせいで……」

「あなたはソラに忘れられて満足なのですか?」

「それは………」

ナミネは俯き、ゼクシオンは腕を組んで目の前のポッドを見上げた。

「自分の行いを……後悔していますか?」

「……はい」

「そうですか……」

ゼクシオンはナミネの方を振り向いた。

ナミネは俯いているのでその表情はよく見えないが、どうやら泣いているようだった。

「ソラをこの城へと導き、あなたの能力で彼の記憶を書き換えさせたのはマールーシャの独断です。本来ならば、あなたがそれほどまでに苦しむ必要は無かったはずだったのですが……」

「ソラだけじゃないです。リクも……」

「レプリカのことですか……」

心を壊され、一度は倒れながらも、ナミネと交わした幻の約束を果たすために立ち上がった者。

ソラと共にマールーシャに立ち向かったリク=レプリカは、今は何処に居るのだろうか?

自分にしても、リク=レプリカにしても、行くべき場所など何処にも無いというのに。

「苦しいですか?ナミネ」

「…………」

「憎いですか?僕たち……機関の人間を恨んでいますか?」

「それは……私にも分かりません。私には記憶も心も無いから、憎いとか、恨んでいるとか、そういうことはよく分かりません」

「では、その涙は何ですか?」

「分かりません。どうすればよかったのか、本当にこれでよかったのかどうか……分からないんです……」

俯いているナミネの顔から、真白い床に水滴が落ちた。

「確かに、誰かに自分のことを忘れ去られてしまうことは、喜ばしいことではないでしょう。それくらいのことは僕にも分かります」

心を持たない自分にも無くしたくない記憶はある。

でも、なぜ無くしたくないと思うのだろうか?

「私は……ソラに償いたい」

「まあ、いずれにしろソラには目覚めてもらわなければなりません。それが機関の意向ですからね」

「あなた達は……ソラに何をさせたいんですか?」

「ソラには、心のままに動いてもらいたいだけですよ」

「だったら、私はどうすればいいんですか?これからも私はあなた達の言う通りにしなければならないんですか?また誰かの記憶を踏み躙ったり、心を壊したりしなければならないんですか……?」

「まるで僕達が悪者のような言い方ですね?」

「だって、あなた達は……私は……!!」

「心が無い。誰にもなれない。だから存在してはいけない……と?」

「…………」

「あなたは……彼に似ていますね」

「……彼?」

ナミネが顔を上げた。

頬にうっすらと涙が流れた跡が残っている。

「心を持たない身でありながら、悩み、迷い苦しむ。僕の後輩によく似ています」

「……誰のことですか?」

「あなたは機関のことを、まるで悪の組織のように思っているのでしょうが……」

少なくとも、心が無い自分には善悪の判断は上手くつかない。

でも———。

「この城には来ていませんが、機関にはあなたと同年代の人もいます。彼とあなたは気が合いそうですし、もう少し僕達の計画に付き合って下さい。今は苦しくても、いつか必ず報われる時が訪れます」

「……そんな話、とても信じられません」

ナミネは、マールーシャやラクシーヌにあまりにも酷なことをさせられた。

そのような経緯がある以上、彼らと同じ機関の人間である自分の言葉が信じられないのは無理もない話だった。

「とにかく、今この城に残っている機関の者は、僕とアクセルの二人だけです。あなたは少しの間、ここで大人しくしていて下さい。悪いようにはしませんから」

ゼクシオンはナミネに背を向け、片手を宙にかざして闇の回廊を開いた。

「何処へ……行くんですか?」

「僕が倒さなければならない者が居る場所です」

ゼクシオンは闇の回廊に片足を踏み入れた状態で、ナミネの方を振り向いた。

「あなたの涙も、ソラに償いたいという気持ちも……本物だということは十分に分かりました」

「……ゼクシオンさん」

「何ですか?」

「何となくですけど、あなたは悪い人じゃような……そんな気がします」

「そうですか……」

ゼクシオンはナミネに向かって、僅かに微笑んだ。

「嘘でも嬉しいですよ」

小声で呟くように言った後ゼクシオンの姿は闇の中へと消えた。

因縁の対決

青い海に、青い空。

ソラとリクの故郷——デスティニーアイランド。

この世界の離れ小島で、ゼクシオンはリクがやって来るのを待っていた。

リクを倒せば、リクの心に宿った闇も消える。

リクの心に宿ったアンセム——いや、ゼアノート。

ソラによって『闇の探求者アンセム』と名乗っていた彼は、既に滅ぼされたはずであった。

しかし、ゼアノートの心の闇は依然としてリクの中に巣食っている。

もしゼアノートが目覚めて再びリクの身体を乗っ取るようなことになれば、多くの世界が再び脅威にさらされるのは簡単に予想が付く。

しかし———。

正直な話、他の世界がどれだけ消えようが、心を持たない自分にとってはどうでもいいことだ。

嬉しくもなければ、哀しくもない。

ただ———。

ソラによって一旦ゼアノートが倒された時点で、ハートレス化したゼアノートが率いた闇の勢力によって侵略された世界は、取り敢えず元の状態へと戻ったはずである。

自分の故郷——今はホロウバスティオンと呼ばれている住民たちも、元の世界へと戻れたはずである。

しかし、再びゼアノートが復活するようなことがあれば、自分の故郷が無事でいられる保証は何処にも無い。

ナミネは“償いたい”と言った。

特別な生まれ方をしたとはいえ、理論上は心を持たないノーバディであるにも関わらず、ナミネは涙を流しながら苦しみ、後悔していた。

自分に心は無い。

ナミネのように自分の中に涙が残っているとは思えない。

それでも———。

「償いたいとでも……思っているのでしょうかね?」

誰に?何に?故郷に?

分からない。でも、故郷を危険にさらすようなことは、もう二度と、絶対にしたくはなかった。

闇に囚われ、故郷を滅ぼしたゼアノート。

そのゼアノートに賛同する形で、永久に消せない罪を犯した過去の自分。

過去の過ちを繰り返すわけにはいかない。

ゼアノートの好きにさせるわけにはいかない。

過去の自分自身(イエンツォ)が故郷を滅ぼす一因となったのは、紛れもない事実である。

しかし、幸か不幸か、心を持たない“今の自分”(ゼクシオン)は、そのことについてハッキリとした自責の念を抱いている——というわけでもない。

自分がリクの負い目に付け込み、ゼアノートもろとも自滅へと追いやることは決して難しくはない。

故郷を滅ぼした罪は、何よりも重い。

勿論、自分も人のことを言える立場ではないのが———。

かつての仲間であり、先輩でもあったゼアノート。

自分の手で彼を倒すことで、故郷に報いたい——償いたい。

心など無いが、自分はそうすることを望んでいるような気がする。

命令にしろ、任務にしろ、自分は普段から自らの手を汚さずに相手を葬ってきた。

しかし、今回ばかりは事情が違う。

“影歩む策士”と呼ばれた自分が、これほどまでに自分自身の手で始末を付けなければならないと思ったのは、ノーバディとなってからは初めてだった。

「……さて、来たようですね」

ゼクシオンは強い闇の匂いを放つ者の存在を自分の近くに感じた。

「くそっ…。どうしてみんな……俺の前から消えていくんだ……?」

「本当はこうなることが分かっていたはずですよ」

「…………!?」

リクの背後からゼクシオンが呼びかける。

「あなたはここに辿り着くまでに、記憶の中の世界をいくつも通ってきた。しかし、そこで出会った者たちは闇の存在ばかり。あなたの中にはもう闇しか残っていないという何よりの証拠です」

「くっ……!!」

「闇へと身を堕としてしまったが故に、故郷の記憶は……消えてしまったのですよ」

「嘘だッ!!俺はみんなのことを覚えている!!ソラもカイリも、ティーダにワッカ、セルフィだって……みんな俺の大切な友達なんだ……」

「その友達を捨てたのは誰ですか?自分の行動を忘れたのですか?」

あなたには聴こえていますか?

僕の声が———。

「あなたは故郷を壊したのだ!!」

あなたには届いていますか?

僕の言葉が———。

ゼクシオンとリクが立っている離れ小島の周囲の景色が、一瞬にして変わった。

風は吹き荒れ、青い海も、青い空も、全てが闇色に染まっている。

「ここは……あの時の!!」

「あなたが生まれ育った島は引き裂かれ、崩れ落ち、多くの心が闇に消えたのです。あなたのせいで!!」

ゼクシオンが指差した先に、リクの後ろ姿が浮かび上がった。

「狭い島が嫌になって軽はずみに闇の扉を開き、島を滅ぼしたのはあなただ!!」

聞こえていますか?ゼアノート。

あなたが器として選んだリクは、僕の言葉に混乱していますよ———。

「あなたはこの時、闇に引き込まれ今では完全なる闇の住人……」

闇へと堕ちたあなたの心に、ほんの少しでも故郷を滅ぼしたことに対する後悔の気持ちはありますか?

心を持つ身でありながら、後悔の仕方など忘れてしまいましたか?

きっと、忘れてしまったのでしょう?

「……見なさい。あなたの本当の姿を!!」

ゼクシオンが『幻術』によって創り出したリクの後ろ姿が、たちまち巨大なハートレス——闇の化身へと変わった。

しかし、リクはこの巨大なハートレスを激戦の末、どうにか打ち倒した。

だが、この程度でリク——ゼアノートの闇を滅ぼすことは出来ない。

そんなことは、ゼクシオンには最初から分かっていた。

あのハートレスは、あくまでリクを精神的に追い込むための布石に過ぎない。

闇の力では、さらなる闇には打ち勝てない。

ならば、自分が選ぶべき手段はただ一つだけである。

自分の中にある光であなたの闇を飲み込み、滅ぼすだけ———。

ゼクシオンは『幻術』で自分の姿を変え、リクに斬り掛かる。

「やめろ、ソラ!!俺が分からないのか!?」

「分かっているから戦うんだ!俺にはおまえの本当の姿が見えてる!!」

ソラの姿を借りたゼクシオンは、光の力でリクのことを攻め立てる。

「光の力で苦しむなんて……おまえはもうリクじゃなくて闇の手先なんだな」

「ソラ、俺はッ……!!」

「……分かったよ。光の力で飲み込んでやる!!」

ゼアノート——リクもろとも、あなたが世界で最も嫌った光の渦に飲まれてしまうがいい。

あなたの、最期です———。

二人の周りを眩しい光が包み込んだ。


“おまえの光など、幻に過ぎない……”

「…………!?」

光の中から、突然リクではない別の誰かの声が聞こえた。

いや、これは『聞こえた』のではない。

何だ、これは?

自分の頭の中に、誰かの声が響いてくる———?

“幻の光で、この私を消し去れるとでも思ったのかね?”

この声は———!!

“おまえのように中途半端な光しか持たぬ者に、この私は倒せない”

ゼアノート……!!

ゼクシオンが感じた“声”は、紛れもなくゼアノートのものであった。

“断言しよう。おまえは私には勝てない。リクにも勝てない。幻の光程度では、心の闇には打ち勝てないのだよ……!!”

その瞬間、ゼクシオンの胸部に激痛が走った。

闇の衣で身を包んだリクの剣が、ソラの姿をしたゼクシオンを捉えたのだ。

「な、何ぃッ……!?」

元の姿に戻ったゼクシオンは、その場に片膝をついた。

「あの光の中で、なぜ僕の位置がッ……!?」

「おまえの闇の匂い、光の中でハッキリ感じた」

よろめきながら立ち上がったゼクシオンの方を向き、リクは不敵に笑う。

「闇が俺を導いてくれたってことかな?」

“闇が導いてくれた”だと?

再び闇を受け入れ、再び罪を犯すつもりか?

故郷を滅ぼしておきながら、再び闇に力を求めるのか?

「戯言を……!!」

ここで自分がリクを倒さなければ、いずれリクの中のゼアノートは目覚めてしまう。

それ以前に、心を持つ身でありながら故郷を滅ぼした闇の力を受け入れて平然としているリクが、ゼアノートが、彼らの存在そのものが不愉快だ——目障りだ。

「ならば思い知るがいい!あなたの希望が幻に過ぎないことを!!」

ゼクシオンの頭上に何冊かの本が浮かんだ。

「行けッ!!」

多方向からの本による攻撃の軌道を見切り切れず、一冊の本がリクの身体を直撃した。

「くっ……!!」

「力を分けてもらいましょうか……!」

リクの身体を直撃した本がゼクシオンの手元に戻り、やがてその本はリクが持つ闇の剣——ソウルイーターへと姿を変えた。

「なっ……あれは俺の剣……!?」

「だから言ったでしょう?あなたの希望は幻に過ぎないと……!!」

青白い光を放っているソウルイーターのコピーを手にしたまま、ゼクシオンはリクに斬り掛かる。

互い手に握られている刃が——『闇』と『幻』が音を立てて交錯する。

「幻でも……闇の存在を消し去るには十分です……!!」

「……決め付けるなッ!!」

剣を交えた状態で、リクは力任せにゼクシオンのことを吹き飛ばした。

「ちッ……!!」

「さっきの一撃が効いているんじゃないか?あんた、息が上がっているぜ?」

ゼクシオンは既に肩で息をしていた。

先程の光の中での不意を突かれた一撃によって、ゼクシオンの体力は確実に消耗させられていた。

「まだやるつもりか?」

「……当たり前です。闇へと身を堕としたあなたの好きにさせるわけにはいきません!!」

ゼクシオンはソウルイーターのコピーを携えたまま、ゆっくりと立ち上がった。

「身を闇に染め、故郷を滅ぼした力を再び手にして……あなたはそれで本当に満足ですか?」

「闇は俺の力になる。あんたみたいな“存在しない者”なんかにあれこれ言われる筋合いは無い!!」

リクはゼクシオンに向かって突進し、再び二人の刃が音を立てて衝突した。

「なるほど……大した力です。レクセウスが敗れるわけですね……」

闇の力によって引き出されたリクの強さは、ゼクシオンの予想を遥かに超えていた。

このままでは、敗ける———。

「あんたもレクセウスと同じ所に送ってやる。諦めろ!!」

「フ……その言葉、あなたにそっくりそのまま返させてもらいますよ……!!」

ソウルイーターのコピーが消え、リクの目の前からゼクシオンの姿が消えた。

「何……!?何処へ行った!?」

正直、もう余裕は無い。

闇の力を極限まで引き出しているリクと、このまま戦い続けても勝ち目は薄い。

身体中に痺れるような痛みがある。手足が重い。

この場は撤退したほうが得策だろう。

だが、しかし———!!

「なッ……!!?」

ゼクシオンはリクの死角を突き、背後からリクのことを絞め上げた。

「ぐッ……こいつ、まだ何処にこんな力が……!?」

ゼクシオンの腕の中でリクが必死にあがいている。

あなたは、必ずここで倒す。

もう二度と、故郷が踏み躙られる所など見たくはない。

僕の“存在”そのものを懸けて、倒してみせる———!!

「あなたの最期だッ!!」

「ぐあっ……!!」

ゼクシオンの全身全霊を懸けた凄まじい力で絞め上げられ、リクの意識が少しずつ遠退いていく。

「くっ……まだだ!!」

遠のいていく意識の中でリクが振り回したソウルイーターが、ゼクシオンの首元に命中した。

「なっ……!?」

「くっ…どうやら、俺の勝ちみたいだな……!!」

ゼクシオンはその場に倒れ臥し、リクはゼクシオンに向かって剣を向けた。

——負けたというのか。

僕は、また闇に負けたというのか———。

僕は、また闇に大切なものを奪われてしまうというのか———?

ゼアノート——あなたは———。

「やはりあなたは、どうあがいても闇の存在ですね……」

「……俺は俺だ」

「開き直りですか?さっきまで闇に怯えていたくせに……!!」

「今は違うッ!!」

ゼクシオンがよろめきながら立ち上がった瞬間、リクの剣がゼクシオンの急所を捉えた。

「うぐぁ……!!!」

リクが振り向いた瞬間、ゼクシオンの姿は闇に消えた。

「倒した…か……」

元の姿に戻ったリクは、闇色の虚空を見上げた。

策士の最期

「おのれ……!なぜ……!!?」

忘却の城の地下にある、薄暗い一室。

ゼクシオンはリクに斬られた瞬間に闇の回廊を開き、やっとの思いでこの部屋へと辿り着いた。

リクに付けられた傷は、かなり深い。

全身が激痛に苛まれている。

よろめきながら壁に手を付く。

掌から伝わってくる感触はとても冷たかった。

「何なんだ……何なんだあいつは……!!」

なぜ、リクは闇に打ち勝った?

なぜ、自分はリクに負けた?

なぜ、どうして———。

「あんな形で闇を受け入れるとは……!!」

闇に囚われることなく、闇を自分の力とする方法を見出だしたリク。

闇の力に負けた挙句、ハートレスになってしまった昔の自分——『イエンツォ』とはまるで正反対だ。

「…………ッ!?」

薄暗い部屋の中に、突如として自分以外の気配を感じた。

ゼクシオンが視線を向けた先に、アクセルと先程まで自分が戦っていた少年が現れた。

いや、正確にはその少年の『複製』だった。

「そ、そうか。レプリカですね?成程、これをぶつければリクを倒せますね……」

リク=レプリカは虚ろな眼差しでゼクシオンのことを見つめ、その少し後ろに立っているアクセルはニヤニヤと笑っている。

「……アクセル?」

「本物になりたいか?」

アクセルの言葉に、レプリカが僅かに頷く。

「だったら本物のリクに無い力を手に入れろよ。そうすればおまえはリクでも誰でもない新しい存在に——誰かの偽物じゃない、本物の存在になれる」

何だ?この男は何を言っている?

「アクセル、何の話をしているのです!?」

「見ろよ。あそこに丁度いい“エサ”が居るぜ?」

僕が“エサ”だと?

こいつ、まさか———!!

「何を馬鹿なことを……ぐッ……!?」

ゼクシオンが抗議の言葉を吐き出す前に、レプリカがゼクシオンの襟元を掴み、そのままゼクシオンを宙に持ち上げる。

「うっ……ぐあ……!!」

レプリカの身体から青白い炎のような光が立ち上がる。

それと同時にゼクシオンは力が入らなくなり、さらに手足の感覚が無くなっていくのを感じた。

意識が、遠退いていく———。

「悪いな、ゼクシオン。あんた知りすぎたんだよなぁ……」

レプリカは手を離し、ゼクシオンは床に崩れ落ちた。

「さて、おまえはリクの所へ行ってきな。決着、付けてこいよ」

レプリカは無言で部屋の外へと走り出し、アクセルは床に崩れ落ちたまま動かないゼクシオンの方に歩み寄る。

「無様なモンだな、策士さんよ?」

「ア、アクセル……なぜ………?」

まるで地震でも起きているかのように、視界が揺れている。

霞んでいく意識の中、床に這い付くばるような格好でゼクシオンは僅かに顔を上げる。

「さっき言っただろ?あんたは知りすぎたのさ。もしあんたが機関の本拠地に戻ったなら、あんたは俺がヴィクセンを消したことをゼムナスに報告する。そうだろ?」

生気が失せていくゼクシオンの顔を冷たい目で見ながら、アクセルは言葉を続ける。

「俺がヴィクセンを消したということは事実だからな。もし俺があれこれ言い訳した所で、ゼムナスや他の連中は俺よりも古株であるあんたの言い分の方を信じるだろうしな」

「き、貴様………!!」

「そうなれば、俺の機関内での立場が悪くなるのは火を見るより明らかだ。ましてやダスクにでもされちゃ困るんでね。だから、あんたにはここで消えて頂くってワケだ。記憶したか?」

ゼクシオンを見下しながら、アクセルは口の端をつり上げる。

「それにしても、あんたらしくねぇな?リクに負けたとはいえ、ある程度の力が残っていれば、レプリカごときにやられずに済みそうだったものを……」

「く………」

身体中が痛みに悶えているはずだが、自分が今感じているのはもはや痛みなのかどうなのかさえ分からなかった。

これが“消える”ということなのか———?

「まあ、それ以前に深手を負うまでリクと戦い続けたこと自体が間違いだったな。“影歩む策士”が聞いて呆れるぜ。それとも、何か退くに退けない理由でもあったのかい?ゼクシオンさんよ」

———そうだ。

自分には心など無いはずなのに、なぜあれほどまでに必死になってリクと——ゼアノートと戦った?

何が自分を、あそこまで必死にさせた?

一体、どうして———?

「もう喋る力さえ残ってないってか?この分じゃ、放っておいても消えそうだが……」

アクセルは両脇に現れた炎の中に手を伸ばし、自分の武器——愛用の赤いチャクラムを握った。

「念のために、止めを刺させてもらうぜ」

消えたくない——まだ、僕は———

「消えろッ!!」

「ッ………!!」

アクセルが投げ付けたチャクラムがゼクシオンに当たる刹那、ゼクシオンの身体は闇の中へと消え、チャクラムは床に突き刺さった。

「ちっ……逃げやがったか。まだ闇の回廊を開くような力が残っていたとは……」

アクセルは床に突き刺さったチャクラムを拾い上げ、今後自分が取るべき行動について考えてた。

「ま、別にいいか。どうせあんな消えかけの身体じゃ、遠くには行けないだろうしな。問題ナシだろ」

アクセルのチャクラムが炎となって宙に消えた。

「放っておいても、くたばるだろ」

誰も居ない薄暗い部屋の中で、アクセルは小さく嗤った。


薄暗い夜空の下の、狭間の十字路。

そこにゼクシオンは倒れていた。

身体は冷たくなり意識が深い、深い闇の淵へと堕ちていくのが分かった。

自分は『イエンツォ』として、何の罪も無い多くの人々を手前勝手な実験のために犠牲にした。

自分は『ゼクシオン』として、多くの人々をハートレスにし、その心を集めることで世界の秩序を乱した。

これは、その報いなのか———?

「は…はは………」

消えかけの状態であるにも関わらず、どうして笑っているのか自分でも不思議だった。

心など無いのに、自分自身を嘲笑っているのだろうか?

ああ、目が霞む———。

朦朧とする意識の中で、ゼクシオンの脳裏に故郷の情景が浮かんだ。

ホロウバスティオン——いや、レイディアントガーデンと呼ばれていた頃の景色が。

どうせ消えるのなら、最初から消える運命にある存在であるならば、どうして自分は生まれたのだろう?

『イエンツォ』が闇に囚われたあの時、どうして自分——『ゼクシオン』は生まれたのだろう?

脱け殻になった自分は、何がしたかったのだろうか?

後悔が念と同時に思うのは、やはり故郷のことだった。

「あの場所に……帰…り……たい」

行くべき場所も無く、帰るべき場所も無く。

故郷を失い、心を失い、必死にあがいて、罪を重ねて———。

失ったものを求めて、彷徨い続けて、その挙げ句がこの様か———。

心など無いが、もしかしたら自分は彼らのことが羨ましかったのかもしれない。

“本当の”自分に悩むことが出来るロクサス。

“誰か”のために涙を流すことが出来るナミネ。

自分も彼らのようになりたいと願っていたから———だから自分は心が欲しいと思ったのかもしれない。

謝り、償い、いつか心から笑える日が来ることを望んでいたのかもしれない。

でも、自分は———

「消…え……て………」

ゼクシオンは静かに目を閉じた。

その瞬間、何か冷たい水滴みたいなものが自分の頬に流れたような気がした———。

《終》

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